第20話 新たな火種、支配者の視線

勝利の宴の翌朝、四人の男たちの間には、もはや以前のようなよそよそしさは微塵もなかった。共に死線を乗り越え、同じ釜の飯を食らったことで生まれた絆は、彼らを単なる仲間から、血を分けた兄弟にも等しい存在へと変えていた。


彼らは、討伐したフォレストボアの、見事な牙や、加工すれば最高級の防具になるであろう毛皮など、価値のある素材を手に、再び村へと向かった。食料は自給できるようになったが、訓練に必要な道具や、塩などの生活必需品を手に入れるためには、金が必要だったからだ。




村に足を踏み入れると、彼らは、空気が明らかに変わっていることに気づいた。


以前のような、あからさまな敵意や侮蔑の視線は、鳴りを潜めていた。代わりに、村人たちの視線には、畏れと、ほんの少しの敬意のようなものが混じっている。男たちは、遠巻きながらも彼らに会釈をし、女たちも、道を塞ぐようなことはせず、静かに彼らの通り道を開けた。魔猪討伐の功績で、村での扱いが少し変わったのだ 。






「へっ、現金なもんだな」


リックが、憎まれ口を叩きながらも、その口元は満足げに緩んでいた。自分たちの力が、少しずつ世界に認められ始めている。その事実は、彼らにとって何よりの報酬だった。


彼らは、武器屋で魔猪の素材を売り払い、予想以上の高値がついたことに驚いた。店主の女性は、ぶっきらぼうながらも、「大したもんだよ。あんたたちのおかげで、森の安全が確保されたんだからな」と、彼らの功績を認めざるを得ないようだった。




その、ほんの少しの平穏と達成感に、彼らが浸っていた、まさにその時だった。


村の入り口が、にわかに騒がしくなった。カツン、カツン、という統率の取れた足音と共に、一団の武装した兵士たちが入ってくる。その装備は、村の衛兵たちのものとは比較にならないほど、上質で、そして実戦的なものだった。


村人たちが、慌てたように道を開け、深く頭を下げる。その兵士たちに守られるようにして、一人の女性が、優雅に馬を進めていた。


年の頃は三十代半ばだろうか。華美な装飾はないが、最高級の生地で仕立てられたであろう衣服をまとい、その背筋は、剃刀のように真っ直ぐに伸びている。涼しげな目元には、高い知性と、他者を寄せ付けない冷徹な意志が宿っていた。彼女こそ、この一帯を統治する、支配者である女性代官、ロザリアだった 。




ロザリアは、馬を止めると、広場にいるジョウイチたちを一瞥した。その視線は、まるで値踏みをするかのように、四人の全身をゆっくりと舐めていく。


「…あなたたちが、フォレストボアを討伐したという、噂の男たちですか」


その声は、鈴を転がすように美しいが、氷のように冷たかった。


ジョウイチは、一歩前に出ると、堂々とした態度で応じた。


「いかにも」


「…ほう。その体つき…ただの男ではないようですね。一体、何者です?」


ロザリアの問いには、労いの響きなど一切ない。ただ、自分の管理する領域に現れた、得体の知れない異分子に対する、純粋な警戒心だけが滲んでいた。


「俺は、ジョウイチ。ひ弱な男たちを鍛え上げる、コーチだ」


「コーチ…? 男を鍛え上げる…?」


ロザリアは、眉をひそめた。その言葉は、彼女の理解と、この世界の常識の、外側にあった。


「男は、か弱く、保護されるべき存在。それが、この世界の秩序です。あなたはその秩序を乱し、無用な力を与えようとしている。そうではありませんか?」


彼女は、ジョウイチたちを、英雄としてではなく、秩序を乱す危険分子として、明確に危険視していた 。




その冷徹な視線を受けながらも、ジョウイチは不敵な笑みを崩さなかった。


「秩序とは、時代と共に変わるものだ。俺は、ただ、男たちが本来持つべき、誇りと尊厳を取り戻させているにすぎん」


「…危険な思想ですね」


ロザリアは、静かに言い放った。


「この地での、私の許可なき武力行使は、たとえ相手が魔獣であろうとも、決して許されるものではありません。今回は、結果として村の脅威が取り除かれたことに免じ、不問としましょう。ですが、次はありません。そのこと、肝に銘じておくように」


それは、紛れもない、最後の警告だった。


ロザ-リアは、それだけ言うと、ジョウイチたちにもはや一瞥もくれず、馬首を巡らせて、兵士たちと共に去っていった。




嵐のような一団が去った後、広場には、気まずい沈黙が残された。


せっかく手に入れた達成感は、支配者の冷たい一言で、跡形もなく消し飛んでしまった。


彼らは、理解した。自分たちが倒したフォレストボアは、しょせん森の中の脅威にすぎない。だが、今、彼らの目の前に立ちはだかろうとしているのは、この社会そのものが持つ、より巨大で、より厄介な「権力」という名の怪物なのだと。


ジョウイチと、ロザリア。二人の視線が交わった瞬間に生まれた、新たな対立の火種。それが、やがて大きな炎となって燃え上がるであろうことを、四人の男たちは、確かに予感していた 。

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