32話 二冊の帳簿

「あの人達がいない間になんとしてでも帳簿を探し出したい。


 けど、どこから手をつけていいかわからないわ」


 いつもの自分のワンピースに着替えた私はシーンと静まりかえる応接室をゆっくりと見渡す。


「ひょっとしたらあの額縁の中に隠されているとか?」


 なんとなく思いついて、壁にかけられている風景画を指さした。


 けどあまりにベタで違うような気もして、思考は振り出しに戻る。


 じゃあどこだろう。


 ソファーの下? それとも絨毯の下?


「うーん。わからないわ」


 太くて長いため息をつく私を、足元に寝そべるアントワープ様が黄金色の瞳で見上げた。


「お主。妾の魔石はどうしたのじゃ?」


「ご心配なく。教えられたとおり耳タブに張り付けています」


 まるで耳飾りのように、ピタリと耳にひっついている魔石を指でツンツンとつついてみせた。


「うむ。なら魔石の力はお主の身体に伝わっているじゃろう。


 お主と魔石の魔力があわされば、大抵の事はやれるはずじゃ。


 一人であれこれ悩むより、一度魔法に頼ってみたらどうだろう?」


「なるほどね。日頃魔法を使いなれてないから、すぐに思いつかなかったわ。


 アドバイスありがとうございます」


 私はそう言うと、ギュッと目を閉じて願いを口にする。


「フィフィ家の帳簿のある場所に私を連れていって下さい」


 言い終わると、すぐにアントワープ様が「ニャーアアア」と鳴いた。


 その声の大きさに驚いて目を開けると、視界の先に銀色に輝く蝶々がフワフワと飛んでいる。


「とっても綺麗。あんな蝶々初めて見たわ」


 口をポカンと開けて見とれていると、半透明の蝶々は移動を始めた。


「待って!」


 銀色の粉をふりまきながら浮遊する蝶々を夢中で追っていると、ある部屋の前にたどりつく。


「ここはネーネの寝室だわ。


 あ! そういう事なのね」


「そういう事じゃろうよ。さっそく中を探るのじゃ」


 アントワープ様に後押しされて、扉のノブを力いっきに回した。


 と同時にネーネの私的な空間が目に前に現れた。


「まるで王妃様の寝室ね」


 中心に天蓋付きベッドが置かれた部屋は豪華な調度品であふれている。


「帳簿はこの美しい物達のどこかに隠されているのね」


残念ながら、すでに蝶々は消えてしまった。


「うーん。一体どこかしら」


 目を凝らして部屋中に視線を巡らしていたら、ベッドの横に置かれたチェストが左右に激しく揺れていた。


「わかったわ。あそこに間違いないわね」


「妾もそう思う」


 私は三段の白いチェストに近寄ると、思いきり眉をしかめる。


「残念ね。どの段にも鍵がかかっているわ」


 ま。今の私にはたいした問題ではないのかもしらないが。


 試しに、


「鍵よ。開け」


 と人差し指をチェストに向かって上下にふる。


 と同時に「ガチャ」と金属的な音がして鍵はあいた。


「アントワープ様。帳簿が見つかりました」


 一番下の段から黒い皮の表紙のノートをとりだすと、慎重にめくってみる。


「これに間違いないわ」


 そこにはフィフィ家の鉱山で採掘された金の重量。


 それを売却した価格が月ごとにしっかりと記入されている。


 もちろんこれは偽の報告だ。


 うちの鉱山の採掘量を父は私に度々自慢していたけど、これっぽっちではない。


「もし邸に脱税の調査が入れば、ネーネはこの帳簿を差し出すつもりでいたのね。


 そうしたら私が採掘量をごまかして、どこかで不正に儲けている証拠になるもの。


 それにしても私のサインは本物そっくりだわ」


 敵ながらアッパレ、と思わずうなってしまう。


「呑気にもほどがあるわい。今はそんな事に感心している場合じゃなかろう」


「そうね。これが偽物だという証明ができないと、帳簿を持っていても意味ないもの」


「だが今のお主になら、それもたやすい事じゃろう」


「はい。これもアントワープ様のおかげです」


 丁寧に頭を下げてから、帳簿に記された私のサインに鑑定魔法をかける。


「よし。これでいいわ。『サインの主はネーネフィフィ』と小さな字が浮かび上がってきたから。


 あと中段にもう一冊帳簿がありました」


「もしかしたらそれは裏帳簿とやらか?」


 アントワープ様が興味津々の顔になる。


「はい。そうです。


 こちらにはさっきよりうんと多い金の採掘量とそれをどこにいくらで売却したかまで、細かく記載されています」


 これはもう国家レベルの犯罪だろう。


 ネーネは私が思っていた以上の悪党だったようだ。


 ネーネは金のほとんどを我が国とは貿易関係にない、キプランド国へ流していた。俗に言う密貿易だ。


 キプランドは国内で抗争が常に勃発しているような不安定な国だから、自国の貨幣より、金に価値を見いだす人が多いのだろう。


 金の買い取り価格は我が国の二倍ときている。


「これで重要な証拠がそろいました」


 私は二冊の帳簿を空間ポケットにしまうと、もう一度黒猫を抱き上げた。


「なのでもう邸には用はないわ。


 私はいよいよ鉱山へ出発します」


「それがいい。


 妾も一緒に行きたいが、魔力が下がった妾はお主の足手まといになるだけじゃ。だからやめておく。


 ネフトリアはしたたかな男だ。


 くれぐれも用心するのじゃ」


「アントワープ様。出発前に一つだけ質問してもいいですか?」


「許す」


「ひょっとしたら私に魔石を渡して魔力が下がったから、元の姿に戻れないのですか?」


 どうしてそんな当たり前の事に、今まで気がつかなかったのだろう。


 自分の事で頭が一杯だったとはいえ、アントワープ様に甘えすぎじゃない。


「そういう事じゃが気にするな」


「もし私が魔石を持ったままどこへ逃げたら、どうするつもりだったのですか!?」


「お主はそういう事はせんじゃろ。絶対にな。妾の人を見る目は確かじゃ」


 申し訳なくて泣きそうなになる私にアントワープ様は小さな胸を張る。


「もちろんです。


 私、絶対にネフトリアからセントワープ様の魔石を取り戻してみせます。


 そして二つの魔石を必ずアントワープ様にお返ししますから、ご不自由とは思いますがもうしばらく

黒猫の姿で我慢して下さい」


 深々とうなだれる私に何を思ったのだろう。


 アントワープ様は長い尻尾を激しく左右にふりながら、無言でどこかへ走り去ってゆく。


「お願い。今すぐ鉱山へ行きたいの」


 残された私は自分に人差し指を向けて、瞬間移動の魔法をかけた。


 はずだったの身体は一ミリも動いていない。


「どうしちゃたのかな?」


 不思議に思って、ふと自身の手元を見ると息が止まりそうになった。


 なぜなら、私の腕が翼に変えられていたから。


 そう。今の姿は白鳥だった。


「一度でいいから鳥になって、自由に空を飛んでみたかったの。


 白鳥。上等だわ」


 そう言って、ゆっくりと羽を動かしてみる。


 正直、ネフトリアと一人で立ち向かうのは怖い。


 けれど勇気をださなくっちゃ。


 もっと強くなりたいから。


 もう誰にも貶められたくなんかない!


「それじゃあ、飛ぶわ」


 キリリと口を引き結んだ。


 そして応接室の窓をスルリと抜けて、鉱山目指して青い空を一直線につき進む。


 あー。最高の気分!



 

 

 

 

 

 

 

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