30話 調子にのるマリン
「お姉様はこれに着替えてね。どうせ捨てようと思ってた服だから差し上げるわ。
気前のいい妹がいてラッキーでしょ!」
マリンは自室のクローゼットの奥から一枚のドレスを取り出すと、乱暴に私の方へ投げつけた。
「ちょっと待ってよ。これってマリンが小学生の時に着てた服じゃない」
バサリと音をたてて床に落ちた服を拾って両手で広げながら、大きなため息をつく。
あちこちにほどこされた白いフリルも薄汚れたピンク色のドレスは、どうみても時代遅れの代物だった。
流行にうとい私でさえダサく感じる。
「私が虐げられているように見えない為に服を借してくれるんだったわね。
これじゃあ意味ないんじゃない?」
「あら、どうしてそんな事を言うの?
幼児体型のお姉様にはこれがピッタリじゃない。今の私のドレスじゃ、サイズがあわないでしょ」
マリンはそう言うと、誇らしげに豊かな胸をはる。
はいはい。どうせ私はチビの貧乳ですよ。
「ゴチャゴチャ言ってないで、サッサと私の髪を仕上げてよ」
「わかったわよ」
時間がないので、自分に人差し指をふり魔法を使って着替えた。
「ほら。ほら。ボーとしてないでしっかりとカールをつけてちょうだい」
「わかってるわよ。
けど、ストレートヘアの方がマリンには似合ってると思うんだけど」
鏡の前に座る、マリンの艶やかな黒髪をカーラーで巻きながら、首を傾ける。
「お姉様は黙って言われる通りにしてればいいの。
社交界では縦ロールが断然人気なのよ。
それにしても、お姉様は手先だけは器用ね。
なんなら私がハイランド家へ嫁ぐとき、専属侍女として連れていってあげてもいいわよ」
マリンはわりと本気のようだった。
だからここはキッパリと拒絶しないとね。
「けっこうです!!!」
ありったけの声で叫んでやる。
「そう。やっぱり妬けるんだ。
私がアンソニー様に愛される姿を毎日見ないといけないもんね!」
「そうじゃない。私には夫がいるのよ。
夫をおいて、マリンに連いていけるはずないでしょ」
「まあ。お熱いこと。
お姉様わかってるの?
私が嫁いだら、この邸は即売却されるのよ。
そうなったら、お姉様とサムはどこに住む気なの?」
その答えは必要ない。
だって私は絶対にフィフィ家の売却は阻止するつもりだからだ。
「それはそうなった時に考えるわ。
どっちにしろマリンに迷惑はかけないから、安心してちょうだい」
「呑気ね。お母様はすでに身の振り方を決めているっていうのに」
「まさかマリンに連いていく気じゃないでしょうね」
「違うわ。
ハイランド家の近くに邸をたてるそうよ。
あそこならフィフィ家の鉱山にも近いし、好都合だって」
「ふうん。資金源になるから鉱山は手放す気はないんだ。
けどその計画は夢のままで終わるわ!」
あまりにフィフィ家をないがしろにした話に感情が抑えきれなくなって、つい声を荒げた。
「あら、あら。まるで負け犬の遠吠えね。
さあ。お喋りはここまでよ。
もうすぐ天下の公爵様が私のお迎えに来る頃だから、そろそろ応接室へ移動しないとね」
玉の輿にのる気満々のマリンは声を弾ませて、鼻歌と口ずさみながら部屋を出る。
今のうち十分に幸せを味わっておくといいんだわ。
どうせその幸せは全部幻になるんだけどね。
その時マリンはどんな顔をして泣きわめくのかしら?
想像するだけでワクワクするわ。
ブツブツ呟きながら、マリンの後をトボトボ歩いてゆく。
「ブッ。その恰好。まるでお笑い芸人じゃないの」
応接室に入ったとたん、長椅子に腰をおろしたネーネが私を見て吹きだした。
「けど使用人の制服よりかは令嬢に見えるでしょ。
私がお姉様の髪とお化粧もしてあげたんだから。こんな姉想いの妹はいないわね」
マリンはドスンと長椅子の中心に座るとドヤ顔をする。
何が姉想いよ!
ツインテールはともかく、丸く真赤な頬紅と太すぎる眉は最悪じゃない。
私の顔をオモチャにするのもいい加減にしてよ。
うつむくと、膝の上に置いた手をギュッと握る。
「私が思うにルルお嬢様はどんな格好をされても、大変魅力的です」
ネーネとマリンのけたたましい笑い声を制しようとしてくれたのだろう。
モリスがキッパリとした声をだした。
「モリスったら、根っからのルルびいきね。
だけど今日明日はマリンびいきでいるのよ」
「もちろんです。奥様。
舞踏会は明日ですが、ネーネ様とマリン様は今日からハイランド家に宿泊される。
そして私も一緒に宿泊する。その意味は十分に理解しておりますから」
モリスは軽く私に目配せをしてから、深々と頭を下げる。
今回の私達の計画はモリスにも話していた。
今夜、2人をハイランド家に泊めるのはフィフィ家を空っぽにするのが目的だ。
だけどネーネとマリンは大いなるカン違いをしている。
この前泊はマリンがハイランド家の嫁にふさわしいかどうかのテストだ、とね。
「あちらのノワール様はとても気難しい人らしいわ。
だからマリンが専属侍女を連れてない事にひっかかりを感じると思うの」
「それで私がマリン様の従者のふりをすればいいんですね。
マリン様の専属侍女が急に辞められた事にして」
「その通りよ。
あちらの執事はモリスの弟らしいけど、こちらの都合の悪い事は絶対に話さないでちょうだい」
「もちろんです」
そう言ってモリスはシャッキと背筋をのばす。けど私は見逃さなかった。
一瞬モリスが面白しそうに口元をほころばせた事を。
そりゃそうよね。モリスは真面目な顔をして嘘をついたんだもん。
モリスはこちらの事情は逐一パリスに報告していた。
ネーネが知ったら怒るでしょうね。
人を傷つけていたら、必ずしっぺ返しはくるのよ。
そう思ったと同時に扉がノックされる。
私の秘密の夫、アンソニー様が到着したようだ。
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