2話 妹と私の元婚約者
「ピーター、悪い冗談はやめて」
「冗談なんかじゃない。
僕が愛していたのはフィフィ伯爵家の跡取りのルルだ。
だけどもうお前は跡取りじゃない。
だから捨てる」
「そんな事、ピーターにできっこないわ。
急にお前呼びされても、捨てると言われても、私はピーターを信じてるもん」
自分に言い聞かせていると、バタンと扉が開いてマリンが馬車から現れた。
「フフフ。
馬車に乗ってきて正解だったわ。こんな面白いモノが見れたんですもの。
残念だけど、お姉様。
この人が本当に愛しているのはこの私なの。
今までお姉様を愛しているフリをしていたのは、フィフィ伯爵家を手に入れる為よ」
ピーターに腕をからませ、私が傷つくような言葉を口にするマリンをピーターは止めようとはしない。
それどころか、マリンの頭を優しくなでながら、
「今から僕はマリンの婚約者だ。だからもう僕の事は忘れろ」
とキツイ目で私を睨んだ。
「お嬢様達。
これ以上フィフィ家の恥をさらすのはお止めください!」
少し離れた所から私達のやり取りを見守っていたモリスがたまりかねたような声をだして、私達の中に割ってはいってきた。
「恥をさらす?」
ハッとして、周囲をキョロキョロと見渡すと周りには黒山の人だかりができている。
これは確かに恥ずかしい。
さすがのマリンもそう感じたみたいで、フンと鼻をならすとピーターと腕を組みながら馬車の中へ消えてゆく。
「ちぇ。もう修羅場はおわりか。
しっかし姉妹で男を奪いあうなんてフィフィ伯爵家の女ってこわー」
「あら。私から言わせればピーターもピーターだわ。
ちょっといいなって思ってたけど幻滅よ」
馬車に向かって歩いていると、背中から色々な人の声が聞こえてきたので耳をふさいで全力で走って逃げた。
フィフィ家の家紋が入った馬車は金箔がほどこされたゴージャスな外見をしていたけれど、中はそれ以上に贅沢な設えになっている。
色とりどりの花の絵が描かれた高い天井。
フカフカのソファの上には一目で高級品だとわかるひざ掛けが置かれている。
私はテーブルをはさんでマリン達の向かいのソファに座り、モリスは隅にある一人掛けのツールへ腰をおろした。
「ねーえん。
もしマリンが跡取りじゃなくなったら、お姉様みたいに捨てられちゃうの?」
横抱きにされピーターの膝の上にのったマリンがわざとらしく小首を傾げる。
「捨てたりなんかするものか。
僕のマリンへの愛は本物だから」
愛ねえ……。
あの男がその言葉を口にしたとたん、もの凄く薄っぺらく聞こえてしまうのは私だけ?
「お姉様。
私がピーターへの愛に気がついたのはいつだったと思う?」
決まってるじゃない。私をもっと惨めにさせたくなった時でしょ。
けどからまれたら嫌だから、その答は胸の中にしまっておく。
「そんな事わかるわけないでしょ」
「なら教えてあげる」
いえ結構です!
「正解は今年王宮でひらかれた舞踏コンテストでピーターが優勝した瞬間よ。
大きな花束と宝石のついた盾をもって微笑むピーターに胸がキュンキュンしちゃたの」
なるほどね。目立つモノが大好きなマリンらしいわね。
「知ってる?
あの時の花束も盾もピーターは私にくれたのよ。
『僕が優勝できたのは君のおかげだ』ってね」
「え!?
私も同じ言葉を言われたわ」
けどアイツは私には花束も盾もくれなかった。
せめてどちらか一つは私にくれるべきでしょ。ってかそういう問題じゃないわね。
「いい加減ね」
横目でジロリとピーターを睨むとピーターはコホンコホンとわざとらしい咳をする。
「ネーネ様から手紙で頼まれたから仕方なかったんだ」
「手紙?
『マリンちゃんを好きになって欲しい』ってお願いされた手紙ね。
でも、ピーターは『僕にはルルしかいない』って、迷惑そうにしてたじゃない」
「ハハハハハ。
お前の前ではそう言うしかないだろ。
あの言葉を真に受けたとは正真正銘の馬鹿だな。
考えてみろ。
僕は貧乏男爵の三男だ。
成りあがるチャンスが少しでもありそうな話は見過ごすわけにはいかない。
お前にはああ言ったけれど、あれからこっそりマリンとも会っていたんだ。
お前にもしなにかあると、マリンがフィフィ伯爵家を継ぐんだから優しくしておいて損はないだろ。
最初はちょっとした保険のつもりだったけど、いつのまにか子猫のようなマリンを本気で好きになっていたんだ」
ピーターはそう言って、マリンの頬にチュッチュッとキスをする。
勉強は全然できないくせにそういう計算だけは早いのね。
「マリン喜し過ぎて泣いちゃいそう。
一生マリンだけを愛するって約束してね」
なにそれ。またお得意の嘘泣きを発揮するつもりかしら。
もうあれは見飽きたからやめて欲しいんですけど。
「もちろんだ。
僕は一度でも約束を破った事はない。なので安心して欲しい」
きっと私とモリスなんか眼中にないのね。
二人はヒシッと抱き合うと激しく唇をあわせる。
それにしても『僕は一度も約束を破った事はない』なんて、私の前でぬけぬけと言えるモノだわ。
私に世界で一番幸せな家庭をくれる、っていう約束を破ったくせに。
それともそんな約束をした事すら、忘れてしまったの?
「マリンお嬢様。
私のような年寄りには目の毒ですから、続きは自室でお願いしてもよろしですか?」
目のやり場に困ったのね。
2人のはしたなさをモリスが柔らかく注意すると、さすがの2人もお互いの身体をそっと手放した。
「モリスったらやーね」
「たしかに独り者のモリスには刺激が強すぎるか」
「ありがとうございます。
ところでマリンお嬢様。
ルルお嬢様は書類にサインをしていないのに、なぜ跡取り変更ができたのですか?」
「それはね。
お母様がお姉様の字を真似てサインをしたからよ」
「ほううううう。
さようでございますか」
モリスは深くて長いため息をつくとガックリと肩をおとした。
「私のサインを真似たですって。
それって犯罪行為よ!」
「なに生意気言ってるの!」
マリンはスクッと立ち上がると、パシンと大きな音をたてて私の頬をうつ。
「なによ、その目は。
そっちが先にお母様を犯罪者呼ばわりしたからでしょ」
熱を帯びた頬に手をそえ、押し黙る私にマリンは勝ち誇ったように胸をはる。
「偽のサインをしたからでしょ」
「うるさーい!
お姉様はもうみなしご同然なの。
邸に残りたいなら、黙って私達に従うしかないのよ」
マリンがグイと顎を上げた時、ガタンと音をたてて馬車が静止する。
「あら。残念。
まだお仕置きは終わってないのに、もう到着したようね。
ま。いいわ。
続きは邸でしてあげるから」
マリンは意地悪く微笑むとピーターと腕を組み馬車から下りてゆく。
「ルルお嬢様。
どうか、お気を強くお持ちください」
邸へ向かう私の耳元でモリスが優しく囁いてくれた。
「ありがとう、モリス。
私は大丈夫よ」
無理をして微笑もうとしたけれど、顔がひきつって上手くいかない。
なぜって……。
マリンに言われて、自分がみなしご同然な事に気がついてしまったからだ。
「私、これからどうなるのかな?」
胸を不安で一杯にして邸を見上げると、まるで悪魔の棲家のように不気味に見えた。
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