1話  突然の婚約破棄

私の名前はルル。


 地味なミルクティー色の髪に同じ色の瞳をもつ痩せっぽちで、フィフィ伯爵家の長女でもある。


 領地に鉱山を所有するフィフィ家は莫大な資産をもっているので、跡取り娘である私は贅沢三昧、我儘放題に育てられたと思われているけどそれは大いなるカン違い。


 なにしろ私の人生で最も必用なワードは【忍耐】なのだから。


 それは全て悪魔のような継母と気弱なお父様のせいだと思っている。


「ルル。

 お前は姉なんだから、マリンちゃんが欲しがるモノは何でも譲ってあげるのよ」


 悪魔の、じゃなくて継母の名前はネーネという。


 ネーネは自分が産んだ妹のマリンを溺愛し、私をマリンの召使のように扱った。


 自分はマリンちゃんだけの母親だからと主張し、私が母親と呼ぶのは許さず私の事はお前と呼ぶ。


「ネーネ様」


 彼女は私に自分をそう呼ばせた。


「もううう。嫌になっちゃうわ。

 どんなドレスを着せてもお前はブスなんだから。


 使用人の制服が一番似合ってたから、今日からはずーとそれを着てなさい。


 これからはマリンちゃんのドレスだけ新調することにします」


「お前の食べ方って下品ね。


 見ているとこちらの食欲がなくなるので、明日から別室で食事をとりなさい」


 それから私の食事は残飯のみとなった。


 悔しいのは、亡くなったお母様が自分の専属侍女だったネーネに絶大な信頼をよせていた事だ。


「ネーネ。


 娘のルルと夫のバロンの世話をお願いします」


 息をひきとる直前、シーラお母様はベッドからネーネに手を差しのべて懇願したという。


 (この話は執事のモリスから聞いた)


 もう!お母様ってお人よし過ぎるわ!


 お母様がネーネの本性を見抜けなかったから、娘の私がこんなに虐げられているんだからね!


 お父様に助けを求めた時もあったけど、お父様はネーネの赤い瞳に見つめられると何も言えなくなってしまうので、今はあきらめている。


「美しく賢い私なのに貧しい家に生まれたせいで苦労をした。


 マリンちゃんにはあんな辛い思いをさせたくない」


 ネーネは事あるごとにそう口にしていた。


 生い立ちの劣等感がそうさせるのか、ネーネはマリンが欲しがるモノはなんでも与えた。


 そしてネーネのマリンちゃんはなぜか私の持ちモノに異常な執着を見せるから、厄介なのだ。


 これまで奪われたものは、お母様の形見の古ぼけたクマのぬいぐるみ、友達のメアリー男爵令嬢……。


 たくさん大切なモノを失ったけれど、まだ残っているモノもある。


 一つは魔力。


もう一つは婚約者のピーターだ。


「お前、マリンちゃんが魔法を使えないって馬鹿にしたらしいわね。


 魔法を使えるのは両親が共に貴族だった場合のみ。


 だからマリンちゃんが魔法を使えないのはマリンちゃんが悪いんじゃないでしょ!」


 ある昼下がり、ネーネの部屋に呼び出されて頭ごなしに怒鳴られる。


「ネーネ様、誤解です。


 私、マリンを馬鹿にした覚えはないわ」


 ヒステリックな声をあげるネーネに本当の事を言おうとしたら、ネーネのかたわらにいたマリンが両手で顔をおおって泣きじゃくり始めた。


「うえーん。


 お姉様の大嘘つき。お姉様なんて大嫌いよ」


 またお得意の嘘泣きで私を陥れるつもりね。


 艶やかな黒髪にエメラルド色の瞳。


 きめ細やかな白い肌にバラ色のふっくらした頬と桜色の唇。


 スラリとしたしなやかな身体。


 一体誰に似たのかわからないがマリンは腹黒のくせに、お人形のように可愛い。


「ルル。


 これからは私の許可なく魔法を使うのを禁じます」


 瞳に激しい怒気をうかべて、ネーネばバシッと机をたたいた。


 その圧は半端ない。圧倒された私は無意識に首を縦にふっていたのだ。


「わかったわ」


 それからはネーネに望まれた時でさえ、まったく魔法が使えなくなっていた。


 ついに魔力まで奪われてしまったわけ。


 けど私にはまだピーターがいる。


「ルルが魔力を使えなくなったのは魔女のせいさ。


 ルルが当主になったら、あんな女、絶対邸からつまみ出してやるんだぞ。


 僕は何があっても君の味方だ。約束する」


「絶対に約束を破らないでね。


 最近マリンがピーターまで欲しがってるから不安なの」


「実はこないだ悪魔から手紙をもらったんだ」


「なんですって!? 


 あの悪魔は一体何を言ってきたの?」


「『マリンちゃんはピーターが好きなのよ。


だからピータもマリンちゃんを好きになってちょうだい』みたいな感じだったかな」


「頼み事をするのに、呼び捨てなんて高飛車ね」


「笑えるだろ。


 誰になんと言われようが僕にはルルしかいないのにさ」


「本当に!? 大好きよピーター!」


 あまりに喜しかったから、つい大声をあげて美しいピーターに抱きついてしまった。


 豊かな輝く金髪。


 透き通った青い瞳。


 長身のピーターは社交的で明るく貴族令嬢達にも人気が高い。


 だから校庭で抱き合う私達に眉をひそめて、ふりかえる令嬢が何人もいる。


 だけど誰になんと言われようが、ピーターだけは誰にも渡したくない。


 ある日の放課後だった。


 いつものようにピーターと一緒に校門に向かって歩いていたら、向こうからもの凄いスピードで馬車が走ってきて、私達の前でピタリと静止する。


「ルルお嬢様!


 たいへんです!


 とりあえず、早くお邸にお戻り下さい」


 馬車の扉が開くと、執事のモリスが弾かれたように飛び出してきた。


 いつも沈着冷静なモリスのこんな取り乱した姿を見るのは初めてで、これはもう悪い予感しかない。


「落ち着いてモリス。一体何があったの?」


「それが! それが!


 鉱山で旦那様がお亡くなりになりました」


「なんですって! お父様が!」


 あんなお父様でも私にとってはたった一人の血のつながった家族なのだ。


 一気に身体から力がぬけて、崩れるように地面にへたりこんでしまう。


「しかも、それを知ったネーネ様がフィフィ家の跡取りをルルお嬢様からマリンお嬢様へ変更されたのです」


 頭の上からモリスのうわずった声がふってくる。


 でも、今の私には跡取り問題なんかどうでもよかった。


 そんな私の代わりにピーターがモリスの話をしっかり聞いてくれているのが、心強かったわ。


「モリス。


 その話に間違いはないのか?


 モリスも年だから、最近カン違いが多いだろう」


「そうですが、今回は間違いございません。


 旦那様の事も跡取りの件も本当の話です」


 モリスはそう言うと懐に手をいれて、二枚の紙をとりだした。


「一枚が旦那様の死亡証明書で、もう一枚が跡取り変更届けの控えになります。


しっかりとお確かめ下さい」


「どれ、はやく見せろ!」


 モリスの手から紙をもぎとり、真剣な顔で紙に目を走らせていたピーターの顔色がみるみる真っ青に

変わってゆく。


「ルル……」


 ピーターが絞り出すような声で私の名前を呼ぶ。


 私に不幸な出来事を告げるのが辛いのね。


 考えてみれば、いつも私はピーターに泣きごとばかり言っている。


 けどこれからはもっと、もっと強くならないといけない。


 私の居場所なんかない邸を出て、これからは新しい人生を歩いて行こう。


「今すぐ結婚して、どこか遠い国で暮らしましょう」


 私はいつもの優しさを期待してピーターに手を差しのべた。


 けれどもピーターは表情を硬くして、

「その提案は却下だ。お前との婚約も破棄する」

 と身震いするほど冷たい声をだす。

 

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