15.覚悟
おじいちゃんの「未来予知」が見せた、炎のイメージ。
火事を示すというその予知は、一体いつ、どこで発現するのか?
ビクビクしながら週末を過ごしましたが……何事もなく、明けて月曜日。また学校が始まりました。
「ほう。おじい様の予知で、そんなことが」
登校中、私は皆さんにおじいちゃんの「未来予知」で見たイメージのことをお話ししました。
……なんとなく、「話しておいた方がいい」という予感があったのです。本当に、なんとなくですが。
「玲那くん。時間や場所は分からなかったのか?」
「はい。おじいちゃんも、昔は見えたそうですが、この間はまったく分からなかったそうです」
私の話を聞きながら、翔くんが真剣な表情のまま、何度もうんうんと頷いています。何か、思うところがあるようです。
「おじい様の予知は、その昔は大きな災害をも察知し、未然に防いだことがあるそうだ。しかし、いつどこで起こるか分からない火事、か。流石にそれを防ぐのは難しいな」
「そう……ですね」
いつどこで起こるのか分かっていれば、そこに住んでいる方々に用心するよう知らせることができるかもしれません。
でも、いつどこで起こるのか分からない場合、できることはとても少ないのです。
まさか、街中に「近々火事が起こるから用心するように!」とお知らせするわけにもいきません。
信じてもらえませんし、なにより能力のことが街中にバレてしまいかねません。
「……何も、火事を防ぐことだけが、できることじゃないんじゃねーか?」
私と翔くんがうんうん悩んでいると、蓮治くんがそう言いました。
こういう時、蓮治くんは口を挟まないことが多いので、ちょっと意外です。
「どういうことですか?」
「火事が起こった後のことも考えておいた方がいい。ボヤ程度なら、すぐに消防に通報すれば初期消火できるしな」
なるほど。私と翔くんは火事を防ぐことばかり考えて、火事が起こってしまった後のことを考えられていませんでした!
「ようは、事が起こった時に素早く、的確に行動できるように、覚悟を決めておくことが大事なんじゃないか?」
「覚悟、ですか」
「そうだ。オレたちは、普通じゃない能力を持って生まれた……じい様が言うには、そのことには大きな意味があるんだとさ」
――先日のおじいちゃんのお話を思い出します。
未来を予知した後、おじいちゃんはこう言っていました。
『世に災いが多く起こる時代には、決まって守司の能力者も多く生まれたそうだ。そして、陰ながらその災厄に立ち向かい、一族を、人々を守ってきたのだ』と。
「前は、さ。こんな、他人とは違い過ぎる、秘密にしなきゃいけない能力なんか持ちたくなかったって思ってた。でも、な」
蓮治くんが、笑いました。
とっても不器用に。苦笑い気味に。でも、すごく優しく。
「オレたちがやらなきゃいけない……いや、オレたちにしかできないことがあるんなら、『その時』にちゃんと動けるように、後悔しないように、覚悟は決めておかなきゃって思うんだ」
「蓮治くん……」
「ふん、ガラにもねぇこと言っちまったな。恥ずいわ。……忘れてくれ」
また不機嫌そうな顔に戻って、蓮治くんはそっぽを向いてしまいました。
でも、誰も茶化したりなんかしません。
私たちは知っているのです。「不機嫌王子」と呼ばれる蓮治くんの、不器用な優しさを。
「……通行人も増えてきたし、この話は終わりだ。誰かに聞かれでもしたらまずいからな。ほら、行くぞ!」
照れ隠しなのか、蓮治くんは一人で先に歩いていってしまいました。
私たちは顔を見合わせて苦笑いしながら、そのあとを追いました。
***
比企谷学園に着くと、なにやら校門を入った辺りに人だかりができていました。
皆さん口々に「かわいー!」だとか「どこの子だろう?」だとか仰ってます。
近寄ってみると、人だかりの原因が分かりました。
猫ちゃんです。かわいい猫ちゃんが、学園の中に迷い込んでいたのです!
「あれ? あの猫ちゃん……」
「玲那ちゃん、知ってるの?」
「はい、景くん。あの猫さん、前にも学園の中に迷い込んでいた子だと思います」
三毛の、まだ若そうな猫ちゃんなのですが、私には見覚えがありました。
先日、比企谷杏里さんが蓮治くんを追っかけていた際に見た、あの猫ちゃんでした。
「あいつ、また来たのか」
「あれ? 蓮治くんも知ってる猫?」
「少しな……」
蓮治くんも猫ちゃんのことを覚えていたようです。
少し心配そうに、猫ちゃんのことを眺めています。
一方の猫ちゃんは、人だかりも蓮治くんのことも気にならないようで、道の真ん中で優雅に毛づくろいをしてます。とってもかわいいです。
――と。
「ほらほら、猫は私らが保護しますから、生徒さん方は早く教室へ行ってください」
警備員さんたちが駆け付けて、人だかりに呼びかけました。
時計を見ると、既に八時半近く。このままでは遅刻してしまいます!
「皆さん、そろそろ行きましょう」
「……だな」
私と蓮治くんとが頷き合うと、他のお三方も校舎の方へ向かい始めました。
特に、初等部の校舎は校門から少し離れているので、景くんは急がなければなりません。
「じゃあね~。またお昼休みに~」
景くんが私たちに手を振りながら駆け出します。
――と。
「わっ!?」
駆け出した景くんの横を、猛スピードで駆け抜けていく小さな影が!
あの三毛猫ちゃんです。どうやら、警備員さんから逃げているようです。
三毛猫ちゃんは、そのままタッタカと走り続けると、少し離れた建物の窓に飛びつき、中へと入ってしまいました。
「ありゃ~、よりによって第三倉庫に……」
「あそこは今、カギが壊れててドアが開かないんだよなぁ」
警備員さんたちのそんなボヤキが聞こえてきました。
第三倉庫は、学園内の「普段は使わないもの、処分予定のもの」をしまっておく倉庫らしいです。
普通の一軒家くらいの大きさがあって、高さも二階建ての建物くらいあります。
私も掃除のお手伝いで入ったことがありますが、中は広く、雑多に物が詰め込まれていて、掃除がとても大変でした。
猫ちゃんが入っていった窓はとても小さくて、人間は入れそうにありません。
ドアのカギが壊れているとなると、猫ちゃん以外は出入りできないことになります。
もしや猫ちゃんは、そのことを知っていて入り込んだのでしょうか?
「玲那。気になるのは分かるけど、遅刻するぞ」
そういう蓮治くんこそ、チラチラと第三倉庫の方を見ています。
やっぱり猫ちゃんのことが気になるみたいです。
「お昼休みにでも、様子を見に行きましょうか?」
「……そう、だな」
猫ちゃんが心配なことを私に気付かれたのが恥ずかしかったのか、蓮治くんは少し照れながら答えました。
この時の私たちは、まだ知りませんでした。
あの猫ちゃんが、この後とても大変な目にあうことを――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます