7.守司家のヒミツ

 嵐の一週間が過ぎました。

 守司本家に引っ越して。

 小動……蓮治くんたちと一緒に投稿するようになって。

 五人で一緒にお昼ご飯も食べるようになって。

 あちらこちらから、とげとげしい視線を向けられるようになりました。

 よっちゃんとあっちゃんからも、質問攻めにあいました。

「いつ小動くんたちと仲良くなったの!?」

「ねぇねぇ、桜木先輩ってすっごい短距離走の選手じゃん! 今度紹介してよ!」

 などなど。特にあっちゃんはスポーツ好きだけあって、桜木……道輝くんに興味津々みたいです。

 道輝くんが陸上の選手だということは、初めて知りました。まだまだ、知らないことばかりですね。

 ――そう。私は、四人のことも守司家のことも、何も知らなかったんです。 


 日曜日。私はお屋敷の中を歩き回って、間取りを覚えようとしていました。

 広いだけじゃなく、増築と改築を繰り返したお屋敷の中は複雑怪奇な構造で、初めて来た人は高確率で迷うそうです。

 自分のおうちで迷ってはシャレになりません。必死で間取りを把握しようとがんばりました!

 そうして、大体の間取りを覚えて、縁側のある廊下に差し掛かった時のことです。

「……蓮治くん?」

 開いた窓越しに、中庭にいる蓮治くんの姿を見付けました。

 この屋敷の中庭は、ぐるりと建物に囲まれているので外からまったく見えません。完全なプライベート空間、というやつです。

 中庭には立派な木々や庭石があって、よく手入れされています。

 その中ほどに蓮治くんがいました。なにやら、庭石に手の平を向けて集中してるようです。

 そのまま、私が声をかけようかどうか迷っていると――。

「はっ!」

 蓮治くんが気合の声を上げました。すると……不思議なことが起こりました。


 大きな庭石が、蓮治くんの腰の辺りまで浮いたのです!


「えっ? ええええ!?」

「あっ」

 思わず大きな声を上げて驚くと、蓮治くんが私に気付きました。

 途端、庭石は「ズシン!」とこれまた大きな音を立てて落下しました。どう考えても、蓮治くんが腕力で持ち上げられる重さの音じゃありません。

「……アンタ。今の見たか?」

 蓮治くんが怖い顔で尋ねてきます。私はとっさに嘘を吐こうかと思いましたが……やめました。

 何故かは分かりませんが、正直に話した方がいいと思ったのです。

「見ました……」

「そうか。しくったな。じい様には、もう少し経ってから話せって言われてたのに……」

 蓮治くんが頭をガリガリとかきながらつぶやきました。

 対する私は、一体全体なにが起こっているのか分からず、戸惑うばかりでした――。


   ***


 その日の夕方。私、蓮治くんたち四人、私の両親、そしてお妙さんが居間に集められました。

 おじいちゃんからお話がある、とのことです。

「さて、みなに集まってもらったのは他でもない。蓮治のやつが、『能力』を玲那に見られてしまった」

 途端、私と蓮治くん以外の全員の口からため息がもれました。私はといえば、まだ訳も分からず、みんなの反応に疎外感を覚えるばかりです。

「玲那、戸惑うのも無理は無かろうて。……落ち着いて聞いてくれ。この守司の家には、いわゆる『超能力』を持つ人間が生まれることがあるのだ」

「チョーノーリョク?」

 その言葉にピンとこず、私は首を傾げてしまいました。

「ほら、玲那。マンガとかであるじゃないか。サイコキネシスとかテレパシーとか」

「う~ん? なんか聞いたことがあるような、ないような……」

 お父さんがフォローしてくれましたが、残念ながら私はあまりその手のマンガやアニメを知らないので、やはりピンときません。でも、おぼろげには分かってきました。

 確か「サイコキネシス」というのは、手を触れずに者を動かす能力……とかでしたっけ?

 そういった、現実にはあり得ない能力を「超能力」と呼ぶみたいです。

「……月一郎は少し黙っとれ。玲那、つまりこの家には時折、通常ではありえない不思議な力を持つ子どもが生まれてくるのだ――この四人のように」

「四人? ということは、蓮治くん以外も何か不思議な力を持っているんですか?」

「うむ。翔、道輝、景。玲那に見せてあげなさい」


 おじいちゃんに言われて、三人は顔を見合わせました。

 すると、道輝くんがまず手を上げてこんなことを言ってきました。

「じゃあじゃあ玲那っち! なんか長い言葉を思い浮かべてみて!」

「長い言葉? なんでもいいんですか?」

「うん。あ、長いと言っても般若心経とかはやめてね?」

「それは、まあ。私も分かりませんし」

 ――ちなみに、「般若心経」というのは有名なお経のことです。

 それにしても、長い言葉ですか。……よし、思い付きました。

 長いことで有名な、とある国の首都の名前です!

「思い浮かべました」

「……す、『すりじゃやわるだなぷらこって』……ナニソレ?」

「えっ!?」

 思わずすっとんきょうな声が出てしまいました。

 だって、私が今思い浮かべた言葉を、道輝くんが一言一句間違わず当ててみせたんですもの!

 ――ちなみに、「スリジャヤワルダナプラコッテ」というのは、スリランカという国の首都の名前です。

「み、道輝くん! どうして私が思い浮かべた言葉が分かったんですか?」

「うん。だからそれがオレっちの能力。人が心の中で思い浮かべたことが分かるの。『精神感応テレパシー』とか呼んだりする」


「じゃあ、次はボクだね!」

 私が目の前で起こったことを受け止めきれずにいると、今度は景くんが手を上げました。次はどんな超能力が飛び出すのでしょう?

「ボクの能力は、口で説明するのがちょっと難しいんだ~。ねぇ、玲那ちゃんのお部屋って、今ボクが入っても平気な状態?」

「え……? 私のお部屋ですか? まったくかまいませんけど」

「じゃあ、ちょっとお邪魔するね~」

 それだけ言って、景くんは目を閉じてしまいました。私のお部屋に向かうのではないのでしょうか?

 すると――。

「うん、よく片付いているね。制服もちゃんとハンガーにかけてあって、机の上も整頓されてる~。あ、家族写真を飾ってるんだ! お店の前で撮ったんだね。いいなー、ボクも食べてみたかったな、お店のラーメン」

「え……ええっ!?」

 なんと、景くんが私の部屋の様子をスラスラと言い当てました! 一体どんな能力なんでしょう?

「うふふ、驚いた? ボクの能力は『千里眼』って言うの。離れた場所の光景を、ドローンカメラを飛ばすみたいに見ることができるんだ!」

「す、すごい! ええと、それはどこでも見られるんですか?」

「残念ながら、周囲数百メートルくらいだよ。あと、暗い部屋の中とか、土とか壁の中を見ることもできないよ。――それができるのは翔くんだね。ほらほら、翔くんの力、教えてあげなよ!」


「ああ。……いや待て、実演はやめておこう」

 次は翔くんの番でしたが、何故かそんなことを言い出しました。

「な、何故でしょう?」

「僕の能力は『透視』だ。壁でも扉でも、土の中だろうが水の中だろうが、見通すことができる。もちろん、服もだ」

 翔くんがチラリと私の方を見ました……ああ、なるほど。能力を実演で見せると、私の服も透けて見えるかもしれないから、やめてくれたみたいです。

「ちなみに、僕の能力は何故かメガネをかけている時と目を閉じている時は発動しない。だから、僕がメガネを外している時は、不用意に視界に入らないようにな」

「え? ……あ、はい!」

 どうやら、翔くんはとっても気をつかってくれているみたいです。紳士です!

 私もお見苦しいものをお見せしないように、気を付けないと。


「分かったかね、玲那。これに蓮治の『念動力』を加えた四つの超能力が、今の守司家が所持している全てだ。本当はもっと、この家に慣れてから教えるつもりだったのだが」

「四つだけ……なんですか? おじいちゃんやお父さんには?」

「私にもかつては『未来予知』の能力があったが、今は衰えてな。ほとんど使えないのだ」

「お父さんは、元から超能力が目覚めなかったんだ。跡取り息子だったのにね」

 アハハとお父さんが空笑いしました。……もしかすると、超能力がなかったから、お父さんは実家を出たのでしょうか?

「玲那、分かっていると思うが、この力のことは世間様には秘密だ。一族の者でも超能力の存在はごく一部しか知らんのだ」

「え、そうなのですか?」

「うむ。女中でも、知っているのはお妙だけだ。……考えてもみろ、もし世間にこの能力のことがバレたら、どうなる?」

「それは、ええと……」

 少し、想像してみました。

 まずマスコミが押し寄せることでしょう。次に、それを観た動画配信者の人たちとか、その他大勢の野次馬さんたち。

 大変です!

「ジッケンとかカイボーとかもそれちゃうかもね?」

「じ、実験? 解剖!?」

 景くんがとっても物騒なことを言いました。まさか、そんなことをまで?

「実際、ご先祖様が能力を知られた時は、一族郎党皆殺しにされかけたらしい。――玲那も、重々気を付けるように」

「は、はい!」

 おじいちゃんに言われて、私は姿勢を正して元気よく返事をしました。

 どうやら、私が考えていたよりも「守司家の秘密」を守ることは重要みたいです。

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