5.イケメン軍団との登校

 ――夢を見ていました。

 夢の中の私は、守司のお屋敷の中で迷子になって泣きじゃくっています。

 お父さんもお母さんも見付からず、知らないお屋敷の庭をグルグルグルグルさまよっていました。

 すると。

『オマエまいごか? しゃーねーな。オレがあんないしてやるよ』

 同い年くらいの男の子がぶっきらぼうにそう言いながら、私の手を取って歩いてくれました。

 それでもまだ泣き止まない私に、「ここの庭にはクワガタがいるんだ」とか、テレビのヒーロー番組の話だとかを一生懸命してくれました。

 その必死さに、いつしか私は泣きやんでいて……。

『ほら、おじさんとおばさんがいるのは、こっちのタテモノだ。もうまいごになるなよ?』

 最後に、ちょっと不器用だけど優しい笑顔になって、男の子は去っていきました。

 そう、あの子は確か、その日初めて会った親戚の――。


   ***


「――玲那お嬢様、朝食の準備ができました。居間までおいでください」

 ドア越しにかけられた声に、ふと目を開ける。時計を見ると六時半。ちょっと寝坊してしまったようです。

「すみません、身支度してからいきます」

「かしこまりました。皆さま、そろそろお揃いですので、どうぞお早く」

 声の主の足音がドアの前から遠ざかっていきます。今の声は、確かいつもおじいちゃんの近くに控えている「お妙さん」というお手伝いさんです。

 この家にはお手伝いさん――女中さんが何人もいて、お妙さんはその上司で「女中頭」というのだそうです。お母さんと同い年くらいの、とてもしっかりした人です。

「いけない。急がないと」

 この家では、六時半くらいからみんなで居間に揃って朝ご飯を食べる「ならわし」だそうです。

 慌てて身支度を整えて、ブレザーの制服に着替えます。最後に姿見で全身をチェックして……うん、大丈夫。

 そのまま勢いよく部屋を出て、長い長い廊下を進んでしばらく。私は困ったことに気付きました。

「あれ? 居間って、どちらでしたっけ……?」

 なんと、居間の場所が分かりません。散々教えてもらったのに。

「どうしましょう?」

 そのまま、私がオロオロ、ウロウロと廊下を行ったり来たりしていた、その時でした。

「あんた、何やってんの?」

「あ、小動くん。おはようございます」

 廊下の曲がり角から、小動くんが顔を出しました。いつも通り、とても不機嫌そうです。

「実は、居間がどこにあるのか分からなくなって……」

「は? ……ったく、しゃーねーな。こっちだ、ついてこい」

 そう言って、小動くんはさっさと歩いていってしまいます。慌てて私もあとを追います。

 ……なんだか今の、思い出の中の男の子に似ていたような?

「おい、早くしろ。おいてくぞ」

「あ、すみません!」

 少し小走りになって小動くんを追いながら、私はふと思いました。

 確か、小動くんたち四人が住んでいるのは、私の部屋とは反対側の一画です。居間に行くのに、わざわざ私の部屋の近くを通るでしょうか――?


   ***


『いただきます』

 八人でお行儀よく「いただきます」をしてから、ようやく朝食です。

 私と小動くん以外は既に座っていたので、遅刻です。お父さんもお母さんも、声をかけてくれればよかったのに。

 朝ごはんのメニューは、大根のお味噌汁、ほうれんそうのおひたし、白米、焼きのり、甘い卵焼き、焼き鮭。朝から結構な量です。

 でも、おいしいのでペロリと食べられました。男の子たちはご飯をおかわりまでしています。

 後で聞いた話ですが、ご飯はお妙さんと数人の女中さんで分担して作っているのだとか。私は料理が趣味なので、台所の様子がちょっと気になりました。

 食べている間は雑談禁止……かと思いきや、おじいちゃんから話を振られることが結構ありました。

 とりとめもない話ばかりですが、なんだか「家族の会話」という感じです。ずっと三人家族だった私には、こんな大人数での朝ご飯は新鮮で、なんだか楽しくなってきました。

「玲那は、今日が本家からの初登校日だったな。道は分かるか?」

「大丈夫……だと思います。多分」

「多分では困るな。どうせ同じ学校なのだから、四人と一緒に登校しなさい」

「えっ? でも私、歩くの遅いから迷惑じゃ……」

「と玲那は言っているが、どうだ?」

 おじいちゃんが尋ねると、率先して二階堂くんが答えました。

「僕は構いません。道輝は?」

「おう! 全然オッケーだぞ! なあ、景?」

「うん。玲那ちゃんとの登校、楽しみだなぁ~。ねぇ、蓮治くん?」

「……オレは、別に」

 どうやら、小動くん以外の三人は問題ないみたいです。

 やっぱり、小動くんにはちょっと避けられてる……?


 ――そうして、ゆっくり朝ご飯を堪能した後、私たちは比企谷学園へと出発したのですが、一つ誤算がありました!

『ねぇねぇ、見てよ。あのすっごいイケメン集団!』

『なになに? アイドル事務所の子たち?』

『違うよぉ、守司屋敷の美男四兄弟だよ!』

『兄弟じゃなくて親戚じゃなかった?』

 登校中、学校に近付くにつれて、そんなヒソヒソ声が聞こえてくるようになりました。

 そうです、この四人はすっごいイケメンさんなのです! 女の子……だけではなく、男の子も目を奪われるほどの!

 同じ学園の生徒さんだけではなく、近くの学校の人まで四人を見てキャーキャー言っています。

 そして、その中心にちょこんといる私。別の意味で注目の的です。

『あれ誰? あの四人とどんな関係?』

『ちょっと雰囲気似てるし、妹さんじゃない?』

『だから、兄弟じゃなくて親戚でしょ? あの娘もそうなのかな』

 ……気のせいか、とげとげしい視線も感じます。もしや、四人のファンさんがいるのでしょうか?


 そんなこんなで、ようやく学校に着きました。なんだかとっても疲れました。

「じゃあ、ボクこっちだから。また昼にね~」

 初等部の高見沢くんは校舎が別なので、校門でお別れです。

 他の三人とは昇降口まで一緒なので、またヒソヒソ声や視線を感じます。

 中には「あれ、守司さんじゃない? なんで二階堂先輩と一緒にいるの?」なんて不機嫌そうな声もありました。

「僕と道輝はこっちだから。じゃあ、玲那くん、蓮治。また後で」

「まったね~」

 二階堂くんと桜木くんが行ってしまい、小動くんと二人きりになりました。

 ……なんかちょっと、気まずいです。小動くん、さっきから一言もしゃべらないですし。

「あ~、あれだ」

「は、はい!?」

 と思ったら、小動くんが話しかけてきました。ちょっとドキドキです。

「オレ、ちょっと用事を思い出したから、先に行っててくれ」

「は、はい?」

 小動くんはそのまま、どこかへ行ってしまいました。もしかして私、避けられてます?


(あ、違うか)

 そこでふと気付きました。もしかして小動くん、二人で一緒に教室に入って注目を浴びないように、気をつかってくれた……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る