守司さんちの五重奏!
澤田慎梧
1.お店、潰れました
四月。私こと
ずっと憧れだった有名私立校「
比企谷学園は初等部――つまり小学校から大学までが併設された巨大学園。地元の子どもで憧れない人はいない、素敵な学校です。
お勉強もスポーツもレベルが高いし、校舎もきれい! 学食なんかは「おいしい学食」としてテレビに出たこともあるのだとか。
もちろん、受験勉強は大変だったし、学費も高いです! でも、お父さんもお母さんもいっぱい応援してくれて、無事に合格できました。
小学校までのお友達とは分かれることになりましたけど、比企谷学園でもたくさんお友達を作ってみせます!
――そして、とっても立派な入学式が終わって、ようやく自分の教室に。私のクラスは一年一組です。
公立だった小学校とは比べ物にならないくらい、きれいな教室、高そうな机とイスに驚きながらも、自分の席に座りました。
席順は出席番号順。右を見ても左を見ても、知らない人ばかり。一部の人たちは仲良さそうに話しています。初等部からのお友達なのかも?
ちょっと気後れしますけど、私もがんばって友達にならないと。
そう思い、とりあえず右隣の席の人に話しかけようとして――思わず息を呑みました。
そこにいたのは、なんかとってもカッコイイ男の子! ちょっと怖い感じだけど、普通にアイドルとかやってそうです!
しかも、その男の子が、私の方をじっと見てる……? ええっ!? し、知り合いじゃないですよね?
なんだか、ドキドキしてきました!
……でも、私に興味を持ってくれている? みたいですから、ここは勇気を出して話しかけないと。
「あ、あの……」
「お、おう」
私が話しかけると、男の子はちょっとびっくりしたような顔をしました。でも、すぐに少し不器用な微笑みを見せてくれました。これはチャンスです。
「あの、はじめまして! 私、守司玲那と言います。中等部からの入学組なのでお友達がいなくて……よろしければ、お友達になっていただけませんか?」
言えた! 勇気を出して言えました! 自分で自分を褒めたいです!
――でも。
「はっ?」
私の言葉を聞くなり、男の子はそれはそれは不機嫌そうな表情を浮かべてしまい、そっぽを向いてしまいました!
なんだか、とっても怒ってるみたいです!
あ、あれ? 私もしかして、何かやってしまいましたか……?
どうしよう、あやまった方がいいんでしょうか?
でも、私がまごまごしてる間に先生が来てしまって、そのままうやむやになってしまいました。
うう、まさか入学初日に大失敗してしまうなんて……。
***
そんなこんなで、初日に大失敗してしまいましたが、学園での生活は平和に過ぎていきました。
あの後、すぐに席替えがあって、男の子とも離れてしまい、それ以来まったく話せていません。
進展はといえば、彼の名前が
初等部からの生徒さんで、女子にはそこそこ人気があるけど、ちょっと怖い感じなので仲の良い友達はいないのだとか。
ちなみに、その情報を教えてくれたのは、この学園で初めてできたお友達です! しかも、二人!
「あっちゃん」は、スポーツが得意で長い髪をポニーテールにしているのがチャームポイントの元気な女の子。
「よっちゃん」は、眼鏡の似合う読書好きの女の子で、とっても物知りです。
「玲那ちゃん、あんまり気にしない方がいいよ。小動くんって、『不機嫌王子』って言われたくらい気難しいから」
お昼休み、教室でお弁当をつつきながら、あっちゃんがそう教えてくれました。
「不機嫌王子、ですか?」
「そうなの。いつも不機嫌そうな顔してて、でも困ってる人がいたらさりげなく助けてくれるの。だから、不機嫌王子」
と、これはよっちゃん。ちなみに、クセなのか、よっちゃんは話す時に眼鏡の端を指で「クイッ」としながら話します。
「ええと……お二人のお話をまとめると、小動くんはいい人、ということでしょうか」
「さあ? あたしもあまり話したことないしな~。なんか、クラスに友達もいなくて、親戚の人たちとよくつるんでたね」
あっちゃんが、お肉と白米中心の大きなお弁当をモグモグ食べながらそう言いました。お野菜が少ないので、ちょっと心配です。
「その親戚の男の子たちが、またすっごいイケメンさんなの」
よっちゃんは反対に、野菜ばかりの小さなお弁当をモキュモキュ食べています。別の意味で心配です。
それにしても、小動くんはあの日、どうして私のことをじっと見ていたのでしょうか?
そして何故、私の言葉に不機嫌になってしまったのでしょう。
気になります。気になりますけど、不機嫌そうな顔をした小動くんに話しかける勇気は私にはなくて。
あれよあれよという間に、入学して最初の金曜日がやってきました。
比企谷学園では、中学一年の間は土曜日に授業がありません。その代わり、二年生からは土曜日もみっちり授業があります。
よっちゃんが言うには「一年生の内に土曜の休みを満喫しておくといいよ」だそうです。
ところが、私には土日の予定がきっちりあったりします。遊びに行くのではなく、家の手伝いをするのです。
私の両親は、小さなラーメン屋をやっています。
「ラーメン太陽」というお店で、地元では結構な人気店です。
とはいえ、世の中は不景気そのもの。経営は厳しいと聞いています。
そんな中でも、私のわがままを聞いて比企谷学園に通わせてくれているのだから、両親には感謝しかありません。
だからせめて、週末はお店の手伝いをする、と決めていました。
でも――。
「あ、あれ?」
自宅兼店舗の「ラーメン太陽」まで帰ってくると、様子が変でした。お店の暖簾がかかっていません。
ドアには「準備中」の札まで下がっています。もうとっくに夕方の開店時間なのに。
「おかしいな?」と思いながら引き戸を開けると、中ではお父さんとお母さんが死んだ魚のような眼をしてうなだれていました。
「お父さん、お母さん。何かあったの?」
すると、お父さんが電池が切れかけたオモチャみたいなぎこちない動きで私の方を見て、こう言いました。
「すまん玲那。お店、潰れちゃった……」
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