2.おじいちゃん現る
「ラーメン太陽」はあっさり潰れてしまいました。倒産というやつです。
なんでも、最近できたライバル店にごっそりお客さんを取られてしまい、売り上げが落ちていたんだとか。
――もしかすると、私の学費の負担も重かったのかもしれません。
「ごめんな玲那。お店の建物と土地も、借金を返すために手放すことになったんだ」
「ええっ!? じゃあ、明日からどこに住めば」
「家はすぐに出ていかなくても大丈夫。でも、今年の夏までには明け渡さないとだめなの」
と、これはお母さん。いつも元気できれいなお母さんが、今は見る影もなくしぼんでいます。
「お父さんたちもバイトとかするし、当面の生活はなんとかなる。でも、玲那の学校は……スマン!」
お父さんが深々と頭を下げてきます。一方の私は、頭が真っ白になってしまいました。
今年の学費はもう支払っているけど、来年以降の目途はまったくつかないそうです。
がんばって入学した比企谷学園とは一年でお別れ、ということになってしまいます。
せっかくお友達になれたあっちゃんとよっちゃんとも、来年にはお別れです。
「うう、ごめんね、玲那……」
ついにお母さんが泣き始めてしまいました。
私はといえば、頭が真っ白になったまま、途方に暮れるばかりです。
と、その時でした。
――コンコンコン。
お店のドアを、誰かが叩く音がしました。もしかして、常連客の誰かでしょうか?
「いい、お父さんが出る」
私がドアを開けようとすると、お父さんに止められました。もしかして、借金取りでしょうか?
そこで私は初めて、「怖い」と感じました。
ところが……ガラガラと引き戸を開けるなり、お父さんが「ええっ!?」とすっとんきょうな声を上げました。
ドアの向こうにいたのは、一人のおじいさんでした。どこかで見覚えがある、けれども知らない人です。
(誰でしたっけ?)
尋ねてみようとお母さんの方を見ると、なんだかびっくりした顔のまま固まっています。どうやら、知り合いなのは確かみたいです。
私が、どうしたらいいのか分からずまごまごしていると、おじいさんがこちらに気付き、お店の中に入ってきました。
「玲那か……大きくなったな」
「ええと……すみません、どちらさまでしょう?」
「分からないのも無理はない。最後に会ったのは四歳の時だからな――私はお前の祖父だ」
「ええっ!? お、おじいちゃん?」
それが私とおじいちゃんの、九年ぶりの再会でした。
***
私は全く知らなかったのですが、お父さんとお母さんは「かけおち」同然で実家を飛び出したそうです。
かけおちなんて、マンガの中だけの話だと思ってました。
それでも、私が生まれたのを機に一応の仲直りをして、実家にあいさつに行ったことがあるのだとか。私が四歳の時の話らしいです。
さすがに私も覚えてはいません。
その時、本当なら実家に帰っても良かったのだそうです。でも、お父さんは「ラーメン太陽をビッグにしてみせる!」と宣言して、また実家を出てしまったのだとか。
「あ、あの父さん。何故ここに?」
お父さんが恐る恐るといった感じで、おじいちゃんに尋ねます。
「何故も何もあるか。あれだけ大口を叩いておいて、あっさり店を潰した痴れ者の顔を見に来たのだ」
「……返す言葉もございません」
気の毒に、お父さんはすっかり小さくなってしまっています。おじいちゃん、ものすごい迫力です。
「お言葉ですが、お義父さん。
すかさずお母さんが反論しました。でも、おじいちゃんはお母さんの姿を頭からつま先まで見ると、深い深いため息を吐きました。
「
おじいちゃんの言いたいことは、私にも分かりました。
お母さんは変わらずきれいですが、数年前にはもう少しふくよかな体型をしていました。でも、最近はちょっとやせすぎなのです。
きっと、ずっと働きづめだったから。
「まったく、意地を張らずに私を頼ってくれれば良かったのだ。玲那の学費だってバカにならないだろう」
『うっ』
お父さんとお母さんが同時に言葉に詰まりました。やっぱり、私の学費は家計を圧迫していたみたいです。
なんだか、申し訳ないです……。
「さて、こうなった以上、私の言う通りにしてもらうぞ。残りの借金は私がどうにかしよう。その代わり、月一郎、絵理沙、そして玲那。三人には守司の家に戻ってきてもらう」
私たち親子に、拒否権はありませんでした。
***
翌日。おじいちゃんの使いだという怖い顔をした運転手さんの、大きな黒い車に乗せてもらって、私達は守司「本家」へとやってきました。
「わぁ……大きなお屋敷です」
守司本家に着くなり、私はあんぐりと口を開けて驚いてしまいました。
どこまでも続くような、長い長い白壁の塀。
お寺のものみたいに立派な門は、見上げるほど大きく。
門の向こうに見える日本家屋は、どれだけ広いのか想像もつきません。
「迷子になりそうです……」
私が素直な感想をもらすと、お母さんが「おや」と言いたげな顔をしました。
「あら、玲那。あなた、前に来た時、本当に迷子になってたのよ」
「ええっ!?」
お母さんに言われて、びっくりしてしまいました。
そう言えば私は、四歳の時にこの屋敷に来たことがあるんでした。
でも、まったく覚えては――。
『しゃーねーな。オレがあんないしてやるよ』
あれ……? 何か今、思い出したような?
小さな男の子が私の手を引いて、屋敷の中を案内してくれた記憶が、あるような、ないような。
言われてみれば確かに、この屋敷に来た時の記憶があるような気がしてきました。
「ほら、玲那。おじいちゃんが待ってるから、早く」
「あ、はい!」
お父さんに促されて、屋敷の中へ入っていきます。
その時、私は確かに「懐かしい」という感情を覚えたのでした。
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