番外編①『魔界の戦士とチワワの恋』

 魔界の戦士、ヴァルグ・グレイハウンド。


 狼人間の血を引き、魔界第七戦線の指揮官として数百年を戦い抜いた。

 その姿は巨大で、爪は鋼鉄を裂き、咆哮は空間を震わせる。


 彼は、孤独だった。

 戦いの中で仲間を失い、信頼を裏切られ、やがて感情を封じて生きるようになった。


 そんな彼が、ある日、任務で人間界に降り立った。

 目的は、魔界の“感情波動”を乱す存在の調査。

 その存在は――チワワだった。


 名前は「ミルク」。

 体重 2.1キロ、毛並みはクリーム色。

 飼い主のバッグの中で、静かに震えていた。


 ヴァルグは、最初それを“誤報”だと思った。

 だが、ミルクの目を見た瞬間、何かが揺らいだ。


「……この小さな生物が、俺の魔気を乱す?」

 ミルクは、ヴァルグを見上げて、くぅんと鳴いた。

 その声は、魔界の戦士の心を貫いた。


 ヴァルグは、任務を放棄した。

 そして、ミルクの飼い主に「譲ってくれ」と申し出た。

 当然、断られた。

 だが、ミルクは――自らヴァルグの足元に歩み寄った。


「……選ばれた?」

 ヴァルグは、ミルクを抱き上げた。

 その瞬間、魔界の空が一瞬だけ晴れたという。


 彼は、ミルクを魔界に連れて帰った。

 周囲は猛反対した。


「犬など、魔界にふさわしくない!」

「血統が汚れる!」

「戦士としての誇りはどうした!」

 だが、ヴァルグは言った。


「誇りとは、守るものだ。俺は、この小さな命を守る。それが、俺の誇りだ」


 ミルクは、魔界で暮らした。

 最初は怯えていたが、やがて魔界の住民たちを魅了した。


 その優しさ、臆病さ、そして――

 ヴァルグにだけ見せる、強さ。


 二人の間に生まれたのが、モカの母。

 そして、モカへと血は受け継がれた。


 魔界の戦士とチワワの恋は、今でも魔界の伝説として語り継がれている。


「異質な絆は、世界を揺らす。でも、揺らいだ世界にこそ、希望は生まれる」


 それが、ヴァルグとミルクの物語だった。

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