居心地のいい静寂


 図書室。

 しばらくは、真面目に勉強していた紫藤のペンの音が止まる。


「ふぁー…いや欠伸くらいさせてよ。うん、結構解けたんじゃないかな、見て見て」


 勉強ノートをメルヴィンに見せる。

 紙の上を指でなぞる音。

 とんとん、と数式を叩く。

 ペンで書き込んでく。


「ここ、計算、違う。え…じゃあなんで答え整数になったの…?…たまたま、えぇ~悔しい…」


 机に突っ伏して、くぐもった声で唸る。

 紫藤のノートのページを捲る。

 数枚捲って、止まる。

 机をコツコツと叩く。


「ん…?なに…」


 ノートを見せられて一瞬無言になる。


「他のページ見ないでよ……。別に他の教科のテスト勉強にも使うんだから英語があったって不思議じゃないでしょ」


 シャーペンで文字を書く音が響く。


「…どうして、僕に構おうと、思った、の?そりゃクラスメイトが困ってたから」


 目で文字を追いながら返事をしている紫藤。


「この英語、まだ、習わない…範囲。……へぇメルは教科書把握してるの…?」


 走り書きでたくさん書いていく。


「待って、メル。そんなに長いのわかんない。この単語、えと…」


 書くのを止める。二重線で消して、改めて簡単な単語で書く。


「…なんで、僕に話しかけたの?……話してみたいなって思った。これ本当だよ?他意はない!」


 しぃとメルヴィンが音を出す。


「(ウィスパーボイス)ごめん」


日本語を書くような、短い音の連続。


「きみは、努力家…急にほめないでよ。…どう反応していいか困る。いつもの呆れ顔のメルでいてよ」


「かい、しゃくちがい?ははっうん、そうかも」


 ペンの音。


「僕の声、聴いたこと…あるよ、ある。ちょっと低くて、響くいい声だなぁって寝ながら聴いてた。こらこら、手にシャーペン刺さない!」


 メルヴィンがペン先でコツコツと机を叩いた後、ゆっくり文字を書く。


「いつまで、声を、担当してくれるんだ?…メルが話せるようになるまでだよ。…ねぇメル。調子はどう?…うぅん、早く治せとかじゃないよ。心配なんだよ。だって、話せないって辛いでしょ?」


 文字を書くが、ぐしゃぐしゃと黒く塗り潰し、書き直す。


「私はしゃべりたい。メルと、喋ってみたい。だから辛くないなんて言わないで」


 メルヴィンの手を取り、握る。

 その手に額をつける紫藤。

 紫藤の後頭部に額をコツンとつけて首を左右に振れば髪が擦れる音がする。


「メル、痛い」


 くすぐったそうに笑う。


「もう図書室閉めるみたい。帰ろ?」


 鞄のチャックを開ける音。

 本や、筆記用具をしまう。

 椅子を直して、二人分の足音。

 ドアを開けて、閉じる音。


 廊下に響く足音。

 段々と紫藤の歩く速度が遅くなり、立ち止まる。


「あれ?ないなぁ。メル、さっきのハンカチどうした?」


 ポケットをごそごそし、取り出すと紫藤が近寄る。


「ごめんごめん!ありがと…ちょっと、そんな高く上げられたら届かないでしょ。なんで首振るの?…あ…なに?…メル!私のハンカチが良い匂いだからって…!まさか持って帰っいだだだだだ!頭握らないで!わかった、わかったから!血がついたから返せないってことでしょ?…一週間も担当してたら言いたいことわかってきちゃった。よかったねぇ私が気の遣える優等生で」


 メルヴィンは足早に歩く。


「待って待って!追い付けないよ!メルや~!声を!お忘れですよ!」



 走る音。

 学校のチャイムの音が鳴る。

 

 

 

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