ボイス担当の日課


 教科書を捲る音、チョークが黒板を滑る耳障りのいい音。

 椅子を引く音。

 小声で話す生徒。

 ノートに文字を書く音。

 そんな中、微かな寝息が聴こえる。

 紫藤だ。

 机に突っ伏してる。

 穏やかに上下する体。

 いつもなら気にしないのだが、彼女の椅子の下をコツコツと蹴った。

 ゆっくりと起き上がり、眠たそうにあくびをしながらメルヴィンに振り返る。


「…なに?困り事?」


 ノートにカリカリとメッセージを綴る。


「授業、は、ちゃんと受け…。え、用事じゃないじゃん」


 また一つ大きなあくびをし、先生の方を見てから顔を近づけ小声で囁く。


「顔、見たくなっちゃった?」


 思ったより近かった彼女に恥ずかしくなったメルヴィンは、思わず立ち上がってしまい、椅子をガタンと倒せば先生にどうした、と言われる。


「なんでもないでーす」


 椅子に座り直したメルヴィンに、彼女は振り返る。


「授業中は静かにしなきゃ」


 にやりと笑う彼女の椅子の下をまた蹴った。


「それ結構響くから止めて。用事あるなら肩でも叩いてってば」


 言うなり、そのまま前を向いてしまう。

 ページの端を破り、文字を書きなぐり彼女の机に乗るように投げれば上手く乗った。

 紙に気付いた彼女はそれを開き、文字を読む。


「寝たら、肩なんて届かない。ごもっともだわ」


 そこから彼女はまともに授業を受けた。

 時折聴こえる欠伸の声。


 

 チャイムの音が鳴る。


 起立、という合図で皆バラバラに立ち上がる。

 礼。着席、まで聞けば教室が騒がしくなった。

 机に出していた教科書を仕舞っていく。


「ねぇねぇ、そういえば君って向こうの学校ではなんて呼ばれてたの?」


 振り返った彼女が我が物顔で机に頬杖をつく。

 彼は、書くか迷ったが、ほどなくして文字を書く。


「め、る。メル?メルヴィンだから、メル?いいね、海外って愛称が可愛いよね。なら私もメルって呼ぶね。私のことも環って呼んでくれて構わんよ?」


 呼ばない。と殴り書きをする。


「あ~、まだ同じクラスになったばっかだから恥ずかしくて呼べないか。なるほど、うぶだね、君」


 違う、とまた殴り書きをする。


「いやいや、無理はしなくていいよ。これから仲良くなろうね、メル」


 メルヴィンは髪をぐしゃぐしゃとして項垂れる。


「話せないともどかしいねぇ~。あだっ…!消ゴムを投げるなよ!」


 彼はまた盛大な溜め息をついた。


 チャイムが鳴る。


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