すすきのの罠──欲望に溺れた女の背徳物語──
凪野 ゆう
第1話 捨てられない愛と欲望
すすきののネオンは、夜を溶かすように輝いていた。
離婚した私がこの街で生きる術は、欲望と裏切りを織り交ぜた夜だけだった。
分厚いカーテンの隙間から、すすきののネオンライトが滲み込んでくる。
赤や金の光が、街路樹の葉の色と混ざり合い、ベッドの上に揺れていた。
私は「スナック彩香」のチーママとして、毎晩この街で客をもてなし、時に利用し、時に利用されて生きてきた。
腰の奥まで沈み込んでくる熱──。
彼の吐息は、冷え始めた夜気を吸い込んだあとの甘さを帯び、私の耳元にゆっくりと落ちる。
窓の外では、秋雨で濡れた舗道に街灯の光が長く伸びている。
店を出るときに頬をかすめた冷たい風の感触が、まだ肌に残っていた。
「……貴代美は、本当に上手いな」
首筋に触れるその声は、もう私をくすぐらない。
どの角度で沈めば、どの間で動きを止めれば、相手の呼吸が乱れるか──そんなことは、もう身体が覚えている。
男は五十代後半。
薬指の指輪と高級時計が、彼の「生活の外」に置かれた私の位置を示していた。
数年来のパトロン。
生活費と引き換えに夜を買い続けた男。
でももう──私は誰のものにもならない。
わざとゆっくりと腰を回す。
その瞬間、彼の背が小さく震え、短く息を吐いた。
私はそれを、濡れた落ち葉を踏みしめるように、静かに受け流す。
やがて彼が果て、私は無言で腰を下ろした。
「満足?」
と囁けば、いつもと同じ答えが返る。
「……お前がいないと、生きていけない」
──その言葉が、もう何の価値もないことを私は知っている。
シャワーの湯で彼の匂いを洗い流し、化粧台に向かう。
鏡の中の私は笑っていた。
けれど、その笑みは冷たい秋風のようだった。
ホテルを出ると、夜気が頬を刺す。
吐く息がかすかに白くなり、街路樹の葉が一枚、肩に落ちてきた。
ブーツの底で湿った落ち葉を踏みしめながら、胸の奥で何かが静かにほどけていく。
(次の夜は、私が選んだ相手と──)
その時はまだ知らなかった。
三年ぶりに現れる男と、額の薄い中折れハットの男が、私の秋を大きく変えることになるなんて。
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