第29話 マダムセーラの賭博
娼舘へ足をふみいれたのは、生まれて初めてだった。
好奇心旺盛ななアーサだって、きっと未経験なはずだ。
いい土産話になるだろう。
王子の後を歩きながら、舘の中をじっくりと観察する。
「なんの香りかしら。とてもいい気分になるわね」
鼻をクンクンさせながら、独り言をもらすと、王子が振り返りニヤリとした。
「あれはな。媚薬の香りだ。
客を奮起させる為に、どこかから漂わせているんだろう」
「そうなのね。王子様は娼舘に詳しいのね」
「誤解するな。捜査で何度もいっただけだ」
入るとすぐに大きな廊下が、まっすぐにのびていた。
そしてその廊下には、いくつもの部屋が並んでいる。
それぞれの部屋の扉には、部屋の主であろう女性の顔写真がはられていた。
どの人も、頭に花飾りをつけた小動物系の獣人である。
「無邪気な可愛い獣人さんか」
いかにもゴットンが好みそうだ。
ゴットンも、この部屋のどこかに通っているのだろうか。
眉をひそめた時、王子がつきあたりの部屋のノブを回した。
「ゴットンは、賭博にいるはずだ」
そう言って王子は、大きな手で私の手をがっしりと握る。
ゴットンは、愛人と賭博で遊んでいるのだろうか。
「あきれて物も言えないわ」
そうこぼして入ると、すぐにボーイ姿のワニ獣人が恭しく頭をさげてきた。
「いらっしいませ。お席に案内させていただきます」
「オレ達は明日獣人国へ帰るんだ。
ある人から、ここの賭場は稼げるって聞いてな。
稼ぎにきたんだ。
たっぷりと金は用意している」
「かしこまりました」
ボーイはずる賢そうな目で私達を、頭から爪先までなめるように見た。
豪華な衣装はこの時の為だったのね。
「一番稼げるテーブルへ案内いたします」
ボーイは満足そうに笑うと、店内の奥へすすむ。
「お願いしますわ」
マダムらしく気取った声をだすと、王子が吹き出しそうになっていた。
タバコ臭い店内は思ったより広い。
ルーレットやカードに興じるテーブルの間をすりぬけて、たどりついたのは一番奥のテーブルだった。
「ここでございます」
「ありがとうよ」
王子は、私を奥の席に座らせてから着席し、ワニ獣人にチップを手渡す。
「こんなにたくさん」
驚いた目をしたワニ獣人は、今度は迎えに座る一人に耳打ちをしている。
「ほうほう。おかげで今夜は大儲けできそうじゃな」
耳打ちされた男の喜ぶ声がした。
下品な声は、お義父様の声にそっくりだった。
「では、ごゆっくり」
ワニ獣人は、お義父様だろう客からもチップをもらうと、テーブルの真ん中にある蝋燭にあかりをともして去ってゆく。
「ここでは蝋燭をつかっているのね」
アイリスとばれないように声音をかえて、小首をかしげる。
「そうだよ。ここでの縁は一晩限り。
お互いの顔も、はっきりしない方がいいということだよ」
この声はゴットンそのままだった。
「聞けば明日国へ帰るそうじゃな。
思いきり勝負を楽しむんじゃ」
「おお。持ち金全部かけるぞ」
王子が懐から取り出した大金を、テーブルにドサリと置く。
「これは、これは。
ゴットン、今夜でカタがつきぞうじゃな」
「もうすぐ、キャル嬢は僕のものか」
闇になれて視界がはっきりしてきた目に、お義父様とゴットンのやに下がった顔がうつる。
『キャル嬢は僕のものか』って、どういう意味なんだろう。
二人は娼舘で、愛人と楽しんでいるんじゃなかったのだろうか。
まさか、もっと危ないことに手を染めているんじゃないでしょうね。
不安が胸に、一度ちひろがってゆく。
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