第24話 聖女の決意
「お姉ちゃんはどこなの」
聖女が頭をおこし、部屋をキョロキョロと見渡す。
「お姉様の夢を見てたんですか」
そうとぼけて、聖女の顔をのぞきこむ。
「うん。まあ、そうだけど。
あたいね。よくお姉ちゃんの夢を見るんだ」
「仲のいい姉妹だったんですね」
やや冷めたお茶を一口飲んでから、聖女の返事をまつ。
「実はね。マリア姉ちゃんとは、血はつながってないんだ。
けど、孤児院では、本物の姉妹みたいだったんだよ」
「そうなんですか。
聖女様の本当のご家族はどうしてるのですか」
「知らないさ。
あたいはね。赤ん坊の時に、孤児院の玄関に捨てられていたんだって。
その年で、一番寒かった冬の日だってさ」
「世の中には、酷いことをする親もいるんですね」
「大きくなって、聞いた噂によるとね。
あたいの母ちゃんは、下町の宿屋で働いていたらしいけど、魔法が少し使えたんだって」
「魔法が? 平民にしては珍しいですね」
「うん。それで皆に物珍しがられて、色々な人が母ちゃんを訪れたんだって。
その中の一人が、オヤジらしい。
ある大貴族で、母ちゃんをもて遊んで捨てたってさ。
けど、赤ん坊ができてしまったから、使用人に命令して、捨てさせたらしい」
「その赤ちゃんが、聖女様なんですよね。
お母様は、今もどこかで、お元気にいらっしゃるといいですね」
「そうだけどさ」
聖女は、淋しそうにカップの中に視線をおとした。
「とっくに亡くなっているんだ。
昔さ。母ちゃんが働いていた宿屋の主人に聞いたんだ。
産後の肥立ちが悪かったらしい。
それと、さっき話してたマリア姉ちゃんも死んだんだ。
孤児院長から拷問をうけてね」
それだけ言うと、聖女は唇を真っ直ぐに結ぶ。
マリアさんが亡くなったのは、例の鞭打ちの後だろうか。
でも、夢を盗み見たことは、内緒にしたかい。
だから聞くに聞けない。
「聖女様は、ずいぶんお疲れのようですね。
美味しいオヤツでも、いただきましょうか。
少し待っててください」
気まずい沈黙に耐えかねて、テーブルを離れると、ベットの下にある魔道具のつまったトランクを取り出す。
「そう。これよ。これ」
そして、どんな食材でも永久保存できる巾着袋の中をのぞく。
そこから目的のお菓子を見つけると、思わず笑みがこぼれた。
「聖女様。アップルパイはお好きですか」
キッチンで花模様のお皿に一切れずつ、飴色に光るパイをのせて、テーブルの上へ置く。
「あたい。アップルパイは大好きなんだ」
「それは良かったです」
聖女のカップにむかって人差し指をふり、冷えきったお茶を温め直した。
「では、いただきましょう。
これは兄が王都にある有名菓子店で買ってきた物なんですが、いかがですか」
たっぷりとリンゴが詰まったパイを、フォークで二つに切った時、聖女が嗚咽する。
「センセー。でっかくて美味しいパイだね。
一度でいいから、マリア姉ちゃんにも、食べさせてあげたかったな。
あたいね。マリア姉ちゃんが亡くなった時、心に誓ったんだ。
『いつか立派になって、孤児の為に素敵な家を建ててやる』ってね。
なのに聖女様ってちやほやされているうちに、すっかり忘れていたよ。
あたいは本当にバカだ」
「聖女様。今からでも、十分間にあいます」
「ほんとかい。たのむよ。センセー」
鼻の頭をまっ赤にした聖女は、真剣な眼差しをむける。
「じゃあ、まずは聖女様へ届いた贈り物を、すべてお返ししましょう」
「わかったよ。ただしこれを食べてからだよ」
「もちろんです」
二人の視線がからまった。
そして、どちらともなく微笑んだ。
聖女の決意は、ゆらぎそうにない。
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