第23話 孤児院の黒歴史

近くにあるサイドテーブルに手を伸ばして、黒革の本をとる。


「これはね。聖女の教育係をひきうけた時、教会からいただきました。

まずは、最初のページを読み上げます。

静かにきいてください」


十分に文字の読めない聖女の為に、表紙をパラリとめくる。


「神に愛された聖女は、常に民によりそうべきだ。

強い者達の大きな声よりも、弱い者達の小さな声に、耳を傾けなけらばならない」


なるほどね。


感心しながら、読みすすめていると、前方から「ぐうぐう」という音が聞こえてくる。


不思議に思って、視線を本から音のする方へ移す。


「まあ。なんてことなの」


居眠りをする聖女を見つけ、あきれて手にした本を落としてしまう。


「呑気なものね。

いったい、どんな夢を見ているのかしらね」


二本の指を、聖女の額にそっとあてた。


夢の共有魔法である。


これは眠っている者と魔力が同じか、上の者しか使うことができない。


「魔鳥の卵を食べてて正解だったわ」


そう呟く短い間に、夢の内容が私の脳内で再生される。


隙間風が吹く、暗くて汚い部屋で膝をかかえる二人の少女がうつしだされた。


『マリアお姉ちゃん。

また院長に抱っこされにいくの』


薄桃色瞳をパチクリさせる小さな方は、聖女にちがいない。


あの瞳の色は、かなり珍しいからだ。


『うん。あんなハゲでデブのオヤジに、身体を触られるのは大嫌いだけど、ごほうびに、アップルパイをもらえるから我慢する。 

また、キャルにもわけてあげるからね』


『わーい。わーい。

あたい、アップルパイだーい好き』


『私もだよ。日頃は、ろくに食事もできないんだ。

美味しい物にありつけるなら、なんでもするよ』


目を細めて、キャルの頭をなでるマリアと呼ばれた少女は、キャルよりもかなり年上のようだ。


すっかり胸も膨らみ、腰もはっている。


それから、マリアは部屋を出ていったが、すぐに戻ってきたのだ。


『院長夫人。誤解です。

院長が突然、襲ってきたんです』


マリアは、裸の上半身を両腕でおおって、ポロポロと泣き叫んでいる。


『嘘をつけ。オマエがいきなり服を脱いで、ワシを誘惑したんだろうが」


太った小男は、鞭を手にしてマリアを追いかけてきた。


『あなた。薄汚いこの小娘に、百叩きの罰をあたえてくださいな』


小男の横で、意地悪そうな太った女が、声をあらげる。


『百どころか、千でもいいぞ。

さあ。マリア。覚悟しろ』


小男はパシンと鞭で床をうつ。


そして、のろのろと床に寝たマリアの背中を、強烈な音をたてながら鞭で何度もうってゆく。


『やめてよ。院長。

お姉ちゃんは悪くないんだから』


『やかましいわね。

あなた達は、ゴミ以下の存在なんだから、黙っていればいいのよ』 


院長にすがりつくキャルの髪を、夫人はひっぱり回す。


これはどう考えても、聖女の育った孤児院での出来事だ。


ひどい。ひどすぎる。


貴族達には、想像もできない状況だ。


これ以上、この夢を共有したくない。


そう思った時、聖女がうめき声をあげる。


「お姉ちゃんが、死んじゃうよお」


聖女の頬には、一筋の涙が光っていた。


「聖女様。聖女様。大丈夫ですか。

どうか起きてください」


聖女の小さな背中を、優しく揺らせる。

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