第12話 悪い嫁

「ちょっとアイリス、聖女様の頬を叩いたって本当なの」


開けっぱなしの扉から、バーバラお義姉様が、血相をかえてやって来た。


「お義姉様、早耳なんですね。

一体誰からお聞きになりましたか」


「聖女様、本人よ。

すごい勢いで二階から下りてきたとたん、邸中の人に言いふらしているわよ」


「そうなんですか。幼稚ですね。

彼女の行動すべてが気にいりません」


能面のような表情で、固い声をだす。


その時だった。


「なにバカなことを言ってるざますか。

アイリス。

今すぐ聖女様に謝罪をしてくるのよ」


聞き慣れたヒステリックな声がする。


「相手は聖女様なのよ。

機嫌をそこなうと、コーエン家に未来はないざます。

まったく、なんて事をしてくれたのよ」


お義母様が、閉じた扇で私の肩をぶつ。


聖女の身分は、この国では王族と並ぶ位に高い。


だから、お義母様の怒りはわかるけれど、認めたくなかった。


「まってください、お義母様。

キャル嬢は、まだ聖女候補で、正式な聖女ではありません。

ちゃんとした教育が、一番必要な時期なんです」


「だから謝罪しないざますか」


「はい、お義母様」


「まああ。なんて生意気な」


「けど、お義母様やお義姉様だって、キャル嬢が、あのままでいいとは思ってませんよね」


確認するように、ゆっくりと二人に視線をうつす。


「そりゃ、まあね」


お義姉様が目をふせたと同時に、お義母様がじーと私を見つめる。


「アイリス、あなたは何様のつもりざますか。 

あなたはね。

聖女様のご機嫌をとりながら、ここで貴族社会のしきたりを教えるだけでいいのよ。

貴族学校で恥をかかない程度にね。

キャル嬢が、どんな聖女になるかなんて、心配する必要ないのよ」


コーエン家の、いえ、自分の体面だけが大事なんですね。


夫の浮気に苦しんでいても、なんの対策もたてず、回りに当たり散らしているお義母様らしい考えですわ。 


けど、私はそんなのイヤです。


「そう言わずに、ここににいる間だけでも、三人でキャル嬢に物申しましょうよ。

何かあったら、責任は私がとりますから」


「そうざますか」


「たしかに、キャル嬢は問題有だけど」


お義母様とお義姉様は、顎に手をあててしばらく考えていた。


「ここはコーエン家の女三人で、一致団結しましょうよ。

ね、お義母様、お義姉様」


長い婚約期間の間、それなりに信頼関係を、築いてきたつもりだ。


毎年二人のお誕生日には、心をこめて刺繍をしたハンカチを贈った。


お義母さんのグチを、深夜まで聞いたり、お義姉様のお買い物にもつきあった。


何度も、何度も。


いつも毒舌の二人だけど、少しは心を開いてくれている。


そう思っていた。


「コーエン家の女三人ですって。

笑わせないで。

アイリス、あなたは永遠にコーエン家の嫁ざます。

私達と対等じゃないのよ」


お義母様が、黒い笑顔をうかべる。


「そーよ。そーよ。あつかましいわ。

嫁はどこまで、いっても嫁よ。

いわば他人よ」


お義姉様は、さげすむように唇をゆがめた。


そうなんですか。


やはり私は世間知らずだったんですね。


「ゴットン。黙ってないで、お義母様とお義姉様に何か言って欲しいの」


テーブルにつっぷしているゴットンの背中を、激しくゆらす。


「うーん。お母様の言うとおりにすればー」


それだけ言うとゴットンは、またテーブルに置いた腕に顔をうずめた。


「ほらね。息子もそう言ってるざます。

はやく聖女様に、謝罪をするのよ」


「そうよ。土下座でも何でもしてね。

面白そうだから、見に行こうかしら」


お姉様は、楽しそうに肩をすくめた。


「お義母様達のお考えは、よくわかりました。 

けど、この件に関しては、直接王子様にご相談させてもらいます。

では、失礼」


色々な感情を封印して、素早くトランクをとりだし、邸を足早にあとにした。


どうやら、私は悪い嫁のようです。

 

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