第11話 秘密の魔法

「気持ち悪い。あーあ吐きそう」


たよりない足でテーブルについたとたん、ゴットンは情けない声をだす。


「飲めないくせに、調子にのって飲むからよ。 

可愛い聖女様にお酌をされて、うかれていたのね」


中心にアイリスの花が描かれた白いテーブルは、私の自慢だった。


これはレオン王子からの結婚祝いで、わざわざ異国から取り寄せた物らしい。


少しでもゲロを吐いたりしたら、許しませんからね。


「どーしてだろうな。

キャル嬢を見ると理性がふっとんでしまうんだ。

魅了魔法でも、かけられているのかなあ」


「違うわよ。申し送りによると、あの聖女様は、魅了魔法は使えなかったはずだから」


聖女不足は、わが国の深刻な問題だった。


ゆえに聖女育成は、重大な国家プロジェクトなのだ。


短いが教育係の私にも、詳細な聖女のデータが渡されていた。


「そーなんだあ」


「そうです。

聖女様が、ゴットンのタイプだった。

理由はそれしかないわよ」


プイと横をむいた時、ゴットンが『グエ、グエ』と喉から絞りだすような声をあげる。


「ごめん。アイリス」


ゴットンの口から、汚物が吐きだされようとした瞬間、咄嗟に人差し指をふる。


指先から光の粒子が放たれると、時間が少しだけさかのぼった。


この国の王族、貴族は、魔法が使える者が多い。


魔力は、権力と結びつきやすい。


魔力には個人差があり、魔力の力が強い者は、トラブルにもまきこまれやすかった。


幸か不幸か、私はこの程度の魔法しか使いないから、そんな心配はないが。


ゴートン家の人達は魔力が皆無のようだから、しばらくは秘密にしているのだ。


まずは婚家先に合わせた方がいい。


これはお兄様のアドバイスだった。


「そーなんだあ」


一瞬部屋が陽炎のように揺れて、ちょっと前のゴットンが現れる。


今回は、そこで嫌味を言わずに、緑色の液体の瓶を差し出した。


「はい。ポーションよ。はやく飲んで」


「うん」


ゴットンは、素早く瓶を奪いとると、ポーションを一気飲みして、体調を取り戻す。


このポーションは、実家のお父様からの贈り物だった。


ツテをたよりに手にいれた、とても高価な物らしく、酔っ払いに飲ませるのは惜しい。


けど、大切なテーブルを汚されるのは許せなかった。


送り主との思い出を、汚されるようで。


目を閉じて、大切な記憶を思い出す。


「アイリス。とうとう嫁にいくのか。

あんなに小さかったアイリスが、人妻か。 

信じられないな。絶対、幸せになれよ」


結婚式の当日、レオン王子は、白いドレス姿の私の手をとても強く握ったのだ。


王子の大きな手は、誰よりも温かかった。


その温かさが、いま恋しくてしかたがない。


「ねえ。ゴットン氏。

すっかり酔っちまってたけど大丈夫かなあ」 


昔を思い出しボ-としてると、聖女の甘えた声が耳にとびこんできた。


「聖女様が、お部屋でお酒をふるまったんですね。

非常識にも程があります」


教育係の顔にもどり、厳しい声をだす。


「うん。ここでは、それもダメなんだろ。

わかった。わかったって」


聖女はかるく私をいなして、ゴットンめがけて一直線にかけてゆく。


「わあ、もう平気になってる。すっごい」


ゴットンに抱きつく聖女に、ゴットンは目尻をうんと下げている。


「聖女様、ここは酒場じゃありません。

はしたなさすぎます」


「わかったよ。もう帰るよ」


目に涙をうかべて聖女は、ノロノロと扉へむかう。


「あーあ。聖女様なんて、バカバカしくてやってられないよ」


私の前を通り過ぎる時、聖女は聞こえよがしに呟く。


「なら、今すぐ酒場へ帰ってください。

聖女教育は、国民の血税からなされるのですよ。

将来、国の為に働く決意がないなら、

やめていただいてけっこうです」


「センセー。そうなこと言っていいのかな。

国は聖女不足で、困ってるんだろ」


聖女が、勝ち誇った顔でニヤリとする。


「自惚れるのも、いい加減にしなさい」


怒りにまかせて、パシッと聖女の頬を叩いた。


後悔はない。


「この家もおわったね。あたいを、ぶつなんて」


悔しそうに顔をゆがめて、部屋から出てゆく聖女を、追いかける気なんてサラサラなかった。


性根の悪い聖女が誕生するより、いない方が国の為だから。


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