第35話 春の祭り

雪がようやく途切れ、村に柔らかな陽光が差し込む季節となった。

長い冬を越えた人々は、その日を迎えるために静かに準備を進めていた。

それが「春の祭り」だった。


広場には焚き火ではなく、花と若葉が飾られた。

雪解けの水で清められた石を円に並べ、その中心に緑の枝を立てる。

火が中心にある冬の祭りとは違い、春の祭りでは「芽吹きそのもの」が祈りの対象となった。


村人たちは声を合わせず、代わりに笛や太鼓を鳴らした。

その音は大きくはなく、むしろ風や川の音に混ざり合うように響いていた。

音楽というよりも、自然に溶け込む呼吸だった。

それは冬に耐えた体をゆっくりと目覚めさせるように、柔らかく村を包んだ。


少女は花を編んだ冠を私の頭に載せた。

花はまだ小さく、色も淡かったが、その香りは確かに春を告げていた。

私は声を持たない喉でその喜びを伝えようとしたが、出たのはただの息だけだった。

けれど、少女の微笑みはその息を十分に言葉として受け取ってくれた。


祭りの終盤、人々は雪解けの水を小さな杯に分け合った。

それを口に含むことで、冬の記憶を清め、春の息吹を体に迎えるのだという。

私は杯を手に取り、冷たい水を喉に流した。

声は戻らなかった。

だが、胸の奥に広がる澄んだ響きは、確かに新しい声のように感じられた。


夕暮れ、村の上に鳥の群れが舞った。

冬には姿を見せなかった渡り鳥だった。

人々は空を見上げ、その羽音を祈りの合図として受け止めた。


私は少女と並び立ち、空に溶けていく鳥の影を見送った。

その瞬間、冬から春へと続く道の上に、自分たちもまた立っていることを確かに感じた。


祭りの余韻を胸に抱きながら、私は静かに目を閉じた。

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