第34話 芽吹きの影
雪の下から、初めて緑が顔を覗かせた。
小さな芽はまだ頼りなく、指先で触れれば折れてしまいそうだった。
けれど、その薄い葉は確かに大地を押し上げ、白に覆われた世界を破っていた。
村の人々はその光景を見つめ、静かに息をのんだ。
芽吹きは祝福であると同時に、影をも連れてくると古くから言い伝えられていた。
命が生まれるところには、必ず死の影も差し込む。
それを受け入れることこそ、生きるという営みの一部なのだと。
少女は芽吹いたばかりの若葉を手で囲い、じっと見つめていた。
彼女の瞳には喜びだけでなく、不安の色も浮かんでいた。
芽は美しいが、その美しさがどれほど儚いかを知っているようだった。
私は声を持たない喉を震わせた。
芽吹きの影とは、未来に必ず訪れる喪失の前触れなのかもしれない。
しかし、影があるからこそ、芽の緑は一層鮮やかに見えるのだろう。
それはまるで、光を際立たせるために闇が必要であるように。
少女は小さな石を拾い、芽のそばに置いた。
それは護りの印であり、影を鎮める供物でもあった。
私はその仕草を見つめながら思った。
彼女は常に影と共に生き、影を拒まずに抱きしめている。
その姿勢こそ、この村の祈りの本質なのかもしれなかった。
風が吹き、芽はかすかに揺れた。
その影が雪の上に落ち、淡い模様を描いた。
影は芽と一体であり、切り離すことはできなかった。
私はその揺らぎを見つめながら、自分自身の影を思った。
声を失った喉もまた、私という存在の影であり、芽吹きと同じように私を支える一部なのだと。
夕暮れ、芽吹きの影はさらに長く伸び、雪と土を跨いでいった。
その光景は未来を予感させるものだった。
私は少女の横顔を見つめ、その余韻を胸に刻みながら、静かに目を閉じた。
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