第31話 影の祭壇
森の奥深く、雪に埋もれた石の広場があった。
そこは普段、村人たちも近づかない場所だと聞いていた。
けれどその夜、村人たちは静かに行列を作り、灯火を掲げながらその場所へ向かった。
私と少女もその輪に加わった。
広場の中央には、黒ずんだ石が積み上げられ、小さな祭壇のように形を成していた。
石は雪に覆われながらも、ところどころ煤のような跡を残していた。
そこに立つと、まるで空気そのものが重たく沈み込み、声を奪われるようだった。
村人たちは祭壇の前で火を消した。
灯火が次々と沈み、やがて闇と雪明かりだけが残った。
その瞬間、周囲の木々から低いざわめきが響いた。
それは風ではなかった。
影が自ら声を持ち、祭壇を取り囲んでいるように思えた。
人々は一斉に膝をつき、沈黙のまま頭を垂れた。
その姿は恐れよりも、むしろ迎え入れる仕草に近かった。
少女もまた膝を折り、掌を合わせた。
私は声を失った喉を震わせながら、ただ影に向けて息を吐いた。
それだけで十分な祈りになるのだと、どこかで分かっていた。
祭壇の石は雪を照り返し、淡い光を帯びていた。
その光の揺らぎの中に、私は確かに「人の形」を見た。
それはかつて生きていた誰かの残響のようであり、同時に未来を待つ影の姿のようでもあった。
私は思った。
――影とは失われたものの記憶であり、これから失われるものの予告なのだ。
少女はその光景を見つめ、目を閉じた。
彼女の睫毛には雪が積もり、涙にも似ていた。
私は彼女の手を握り返した。
その温もりが、影の沈黙をやわらげ、祭壇に捧げられる供物のように思えた。
長老が静かに立ち上がり、祭壇に灰を撒いた。
灰は雪と混じり合い、闇に吸い込まれていった。
その仕草で儀式は終わりを告げ、村人たちは再び灯火を掲げた。
帰り道、少女は何も語らなかった。
ただ影の余韻を胸に抱いたまま、私の隣を歩いていた。
その沈黙こそ、祭壇に残された祈りの続きだった。
私は彼女の横顔を雪明かりに見とめながら、静かに目を閉じた。
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