第25話 灰の記録

冬至の火が燃え尽きた翌朝、広場には灰が山のように積もっていた。

雪に覆われながらも、その下からかすかに温もりが残っていた。

人々は灰を壺に集め、森の奥へと運んでいった。

それはただの残骸ではなく、祈りの痕跡として大切に扱われていた。


私は少女と共に灰をすくい、小さな布に包んだ。

灰は軽く、掌にのせると風に乗ってすぐに舞い上がりそうだった。

しかしその中には確かに、昨夜の炎の記憶が息づいていた。

燃え上がる赤や、火の粉が夜空に消えていった瞬間が、微かな熱として残っていた。


少女は灰を手にし、雪の上に散らした。

灰は白に溶け込み、淡い痕跡を残した。

それはまるで、記憶が雪に書きつけられ、すぐに消えていくようだった。

私は枝を拾い、灰の上に円を描いた。

円の内側はすぐに風にかき消された。

だが、その一瞬の形こそが「記録」なのだと、私は思った。


村の老人たちは灰を森の奥の洞に納め、歌を口にした。

その歌は静かで、ほとんど声にならないほどの囁きだった。

灰に向けられたその響きは、亡き者への言葉にも似ていた。

生と死の境を越えて、灰は記憶の媒体となる。

声を失いつつある私には、その行為がひどく切実に感じられた。


少女は私の袖を引き、広場の隅へ導いた。

そこには雪に覆われた小さな石碑があった。

彼女は灰を石碑の前に撒き、手を合わせた。

その姿は幼さを超え、村そのものの祈りを体現していた。

私は声を出せずとも、ただ彼女の隣に立ち、目を閉じた。


灰は雪と混ざり、やがて痕跡を失った。

しかし胸の奥には、確かな残像が刻まれていた。

――燃え尽きたものこそ、次の始まりを支える。

声を持たない私にとって、その思いは慰めであり、新たな誓いでもあった。


夜、焚き火の残り香がまだ漂う村で、私はひとり空を見上げた。

雪雲の切れ間から、星が瞬いていた。

それは灰の火の粉に似ていた。

消えてなお残る光が、確かにそこにあった。


その星々を見つめながら、私は静かに目を閉じた。

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