第23話 影の足音

雪に閉ざされた夜更け、村の端から奇妙なざわめきが届いた。

それは風の音にも似ていたが、耳を澄ませば確かに規則を持っていた。

雪を踏みしめるような、ゆっくりとしたリズム。

まるで見えないものが、村の外を歩いているかのようだった。


村人たちは焚き火を囲んだまま、誰ひとり声を出さなかった。

その沈黙は恐怖の証でもあり、また祈りの一部でもあった。

炎は高く燃え、火の粉が夜空に舞い上がった。

その赤い粒は星と混ざり合い、すぐに見失われた。


私は少女と共に火の側にいた。

彼女は小さな体を震わせながら、私の袖を掴んでいた。

その震えは恐怖だけではなかった。

どこかで「受け入れる覚悟」が混じっているように思えた。


足音は次第に近づいた。

だが姿は見えなかった。

ただ雪の上に、深く沈むような黒い影が一瞬だけ広がり、すぐに溶けるように消えた。

その光景は幻のようで、しかし胸の奥には確かな重さを残した。


少女は囁くように唇を動かした。

意味は分からなかった。

だが、それは恐れを遠ざける言葉ではなく、影そのものに寄り添う言葉だった。

私は声を持たない喉で、それに同調しようとした。

唇を動かし、息を吐き、影へ向けて思いを差し出した。


足音はやがて遠ざかっていった。

雪は再び静けさを取り戻し、森の囁きだけが残った。

村人たちは声を上げなかったが、炎を見つめる目に安堵が宿っていた。


私はその夜、眠りにつく前にふと思った。

――影は恐怖の名ではなく、存在のもう一つの響きなのではないか。

人の足音が生を示すように、影の足音は死を示す。

しかしそれは対立するものではなく、同じ世界の中で交わる呼吸なのだ。


少女の眠る気配を傍らに感じながら、私はその思いを抱きしめ、静かに目を閉じた。

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