第21話 沈黙の祭り
村の広場に、焚き火の輪がいくつも並んでいた。
冬の真只中、雪はなお降り続いていたが、その夜だけは人々の顔に不思議な明るさがあった。
声はどこからも聞こえなかった。
子どもでさえも笑い声を潜め、唇に指をあてて静けさを守っていた。
その夜は「沈黙の祭り」と呼ばれていた。
村人たちは年に一度、夜明けまで一言も声を出さずに過ごすという。
火を囲み、歌を歌わず、言葉を交わさず、ただ舞いと仕草だけで夜を繋ぐ。
彼らにとってそれは、森や影と呼吸を合わせるための祈りだった。
私はその輪の一つに加わった。
人々は手を取り合い、雪を踏み、ゆるやかに回っていた。
足音と薪の爆ぜる音だけが夜を満たしていた。
その沈黙は重苦しいものではなく、むしろ心を解きほぐすような柔らかさを持っていた。
声を失いかけていた私には、それが救いに思えた。
言葉を発せられないことが、この祭りでは欠けではなく、むしろ自然なこととして受け入れられていた。
少女は私の手を取り、共に輪の中を歩いた。
彼女の掌は冷たかったが、指先は確かに熱を帯びていた。
目と目が合うだけで、声以上のものが伝わった。
「ここにいる」「一緒にいる」という確かさが、沈黙の中で満ちていった。
焚き火の火は夜空を照らし、雪を赤く染めていた。
火の粉が舞い上がるたび、人々は一斉に手を掲げ、影の向こうへ祈るように差し伸べた。
その動きは言葉の代わりに編まれた歌のようであり、見えないものに届く詩のようだった。
やがて輪がほどけ、人々はそれぞれの火の傍らに腰を下ろした。
食事も、笑いも、すべて無言のまま交わされた。
しかし不思議なことに、沈黙は孤独を生まず、むしろ強い結びつきを生んでいた。
声を出さずとも、焚き火の光に照らされた顔だけで十分に語り合えていた。
夜更け、少女と二人で火を見つめていた。
彼女はそっと雪に指で模様を描いた。
それは二つの円を重ねた形だった。
私はその隣に、同じ模様を描いた。
彼女は微笑み、何も言わずに火を見つめ続けた。
沈黙は、私を追い詰めるものではなく、包み込むものになっていた。
声を失うことは終わりではなく、この世界と同調するための入り口なのかもしれない。
夜明けが近づくと、人々は一斉に立ち上がり、東の空に顔を向けた。
太陽が昇り始めた瞬間、沈黙は破られた。
村人たちは短く声を合わせた。
それは歓喜というより、長い夢から目覚めるための息のようだった。
私は声を出せなかった。
けれど胸の中で同じ響きを感じ、火の余韻と共にそれを抱きしめた。
そして、燃え残る炎を見つめながら、静かに目を閉じた。
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