第20話 雪の記憶
雪は、すべてを覆い隠す。
足跡を消し、音を吸い込み、昨日と今日の境さえ曖昧にしてしまう。
村に降り続く白は、もはや風景ではなく、世界そのものの皮膚のように思えた。
ある朝、私はひとりで森の端に立っていた。
雪原はどこまでも広がり、空と地の境界は薄れていた。
その白の中で、私は奇妙な感覚に囚われた。
――この雪は、私の記憶を包み込んでいるのではないか。
思い出そうとすると、心の奥にぼんやりとした影が浮かぶ。
学校の廊下、友人の笑い声、家族の気配。
だがそのすべてが雪に覆われるように淡くなり、手を伸ばしても掴めなかった。
記憶は残像となり、白に飲み込まれていった。
少女が私を呼んだ。
声は遠く、雪に反射してやわらかく響いた。
私は振り返り、彼女の笑顔を見た。
その瞬間、胸の奥で何かがほどけるように消えた。
過去を思い出すことよりも、彼女と今ここに立つことの方が確かだと思えたのだ。
村では、子どもたちが雪の像を作っていた。
丸い雪を積み上げ、枝を腕に見立て、石を瞳にした。
それは不格好でありながら、どこか愛らしかった。
彼らはその像を「森の守り人」と呼び、火のそばに並べていた。
雪が溶ければ消えることを知りながら、彼らは笑っていた。
私はそれを見ながら思った。
――記憶もまた、雪の像なのかもしれない。
形を作ったつもりでも、やがては溶け、消えてしまう。
けれど、それを共に作った時間や温もりは確かに胸に残る。
消えることと残ることは矛盾ではなく、同じ出来事の二つの顔なのだ。
夜、少女と並んで火にあたりながら、私は心の中で過去を探った。
しかし浮かんでくるのは、すでに霞んだ情景ばかりだった。
その代わりに、雪の冷たさや炎の赤さ、少女の笑みが鮮やかに刻まれていた。
私は思わず悟った。
――私の記憶は、ここで積もり始めているのだ。
火は小さくなり、炎の先に残った灰が風に舞った。
雪と混ざり合い、空へと消えていった。
その光景を見つめながら、私は静かに目を閉じた。
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