第17話 灯火の誓い
夜の村は、炎の小さな揺らぎに守られていた。
雪に覆われた静けさの中で、火だけが赤い心臓のように脈打ち、村人たちをその周りへ集めていた。
炎に照らされた顔はどれも影をまとい、語られる声は低く、慎ましやかだった。
影が再び現れたあの夜から、人々は火を絶やさぬようにしていた。
火はただの熱ではなく、目に見えぬものを遠ざける祈りであり、胸の奥に宿る不安を和らげる象徴でもあった。
誰もそれを言葉にしなかったが、炎の前では沈黙が共通の言語になっていた。
私もまた、村人たちに倣って炎を囲んだ。
けれど心の奥では、言葉を失いつつある自分が、この沈黙に飲み込まれていくのではないかという不安があった。
言葉は人と人を結ぶものだ。
それを失えば、自分はただの空洞になってしまうのではないか。
だが炎の前に座っていると、その空洞にかすかな温もりが差し込むのを感じた。
火は、声の代わりに存在を照らすもののように思えた。
少女が隣に腰を下ろした。
彼女の頬は赤く染まり、瞳には炎が映っていた。
彼女は小さな声で何かを呟いたが、やはり意味は分からなかった。
それでも、その声音は炎の揺れと同じように、柔らかく胸に沁み込んできた。
私は喉を震わせようとした。
しかし声は出なかった。
ただ唇が動き、息がかすかに漏れるだけだった。
それでも、心の中で一つの言葉が浮かんでいた。
――「守る」。
守るといっても、大それたことではなかった。
剣を振るう勇者のように村を救うわけではない。
ただ彼女の隣に座り、同じ炎を見つめること。
それが自分にできるすべてであり、唯一の誓いだった。
夜更け、炎が小さくなったとき、村人のひとりが新しい薪をくべた。
火の粉が夜空へ舞い上がり、星と紛れるように消えていった。
その瞬間、私は心の奥で確かに思った。
――たとえ声を失っても、ここで生きていこう。
少女と共に、この村と共に、灯火の傍らに在り続けよう。
炎は再び燃え上がり、雪に赤い光を投げかけた。
その光の中で私は、言葉にならない誓いを抱きしめるように、静かに目を閉じた。
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