第16話 影の再来

雪が深く積もるにつれ、村の暮らしはますます狭く、重くなっていった。

人々は家にこもり、焚き火の炎に頼る日々を送っていた。

その閉ざされた空間は温もりを与えると同時に、外に潜む何かへの想像を膨らませた。


ある夜、犬の吠える声が再び響いた。

以前にも何度も聞いた音だった。

だがその夜の声は、これまでよりも長く、低く、震えるように続いた。

村人たちは身を寄せ合い、火を囲む輪が狭まった。

言葉は少なく、ただ互いの沈黙に耳を澄ますばかりだった。


私は胸の奥で分かっていた。

――影が戻ってきたのだ。


外に出ると、雪は音を吸い込み、世界は無音に近かった。

それでも、確かに何かが歩み寄っているのを感じた。

視界には何も映らなかった。

ただ、白の奥に黒が滲むように、存在しないはずの闇が揺れていた。


あのときと同じ、輪郭を持たない「濃い闇」。

だが今回は遠くに留まらず、村の境へとじわじわと滲み出していた。

見えぬはずなのに、胸の奥でその重さを感じた。

まるで心臓の鼓動が影に捕まれ、締め付けられるかのようだった。


少女が私の隣に立った。

その瞳には恐怖が宿っていたが、それ以上に強い意志の光があった。

彼女は手に小さな松明を掲げ、闇へ向けた。

炎は弱々しかったが、それでも雪に揺れる影を押し返すように見えた。


私は声を出そうとした。

だが、喉は依然として閉ざされたままだった。

それでも、少女の隣に立ち続けることでしか自分を示せないのだと思った。

勇者の剣はなく、魔法の言葉もない。

あるのは、ただ「ここにいる」という存在だけ。


影は長く村を包み込もうとしたが、やがて雪と風に紛れ、姿を消した。

残されたのは深い沈黙と、互いの息づかいだけだった。


少女は松明を雪に差し込み、炎を絶やさぬよう見つめていた。

その横顔は揺れる光に照らされ、強さと脆さの両方を抱いていた。

私はその姿を胸に焼き付けた。


――もし影が再び迫るとき、私はどうするのだろう。

答えはまだ見つからなかった。

それでも、「守りたい」という思いだけが、胸に残っていた。


雪は静かに降り続いていた。

その無音の降下の中で、私は影の気配を背負いながら、静かに目を閉じた。

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