落語家と警官 その後

 街の小さなバーに落語家は来ていた。日本酒の美味しいバーだった。客は落語家しかいない。落語家はここの常連で、マスターと顔見知りだった。静かな店内にクラシックが流れている。マスターはグラスを拭いていた。落語家が言う。


「ここはいつも静かでいいね」


「おい。そいつは冷やかしかい!」


 マスターはそう返す。これは二人のいつもの口上だった。


「いつものをくれ」


「はいよ」


「実のところどうなんだ、景気は」


「変わらないよ」


「そうか。変わらないことも、また良いことだ」


 マスターが水色の模様が入ったとっくりを出した。落語家はそれを少し飲む。時刻は零時を回り、店の辺りで酔っ払いの喧騒が聞こえてきた。


「そういえばな、面白い店に行ったよ」


「なんだ」


「ある喫茶店でね」


 警官は同僚と街のパトロールに出ていた。終電を過ぎて道で寝ている者や、暴れる酔っ払い騒ぎがままあるからだ。零時を回った街は静けさを増していた。立ちほうけている街灯や、たまに通る車が静かな外を刺激している。同僚は言った。


「なんでも、前の事件は面白かったな」


「別に面白くはないだろう」


「不審者騒ぎかと思ったら、あんな顛末とは」


「それは……いや確かに面白かったかもな」


「お前が一緒に謝らせにそこら中を回って……」


「ああ、そういやあの喫茶店にも行ったよ」


「ボナセーラか?」


「そう。お前が勧めてきた」


「堅物の店主がいたろ」


「いたよ。なんとも不思議な……」


そこで、二人の目の前で男が電柱に嘔吐していた。警官の夜はまだまだ長い。

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