白猫はずっと休日

 ある水曜日。この日は白猫の休日だった。人間の土日が休みな様に、白猫にとって水曜日が休み、という訳ではない。白猫は月火水木金土日ずっと休日であった。白猫は町の喫茶店である、喫茶ボナセーラに居ついている。人間が契約書に印をしてから居住を始める様に、肉球で印を押した訳ではない。白猫はたまたま喫茶ボナセーラに居ついてるだけであり。寝る分に都合が良ければ何処でも良かった。喫茶ボナセーラは店主が親切なもので、白猫を追い出さないどころか、ミルクや餌まであげてくれるうえ、ふかふかのタオルケットでこしらえたベッドまで用意した。ただ白猫はタオルケットよりシンクの方が好きになったので、最近はシンクで寝ているのだが。とにもかくにも、喫茶ボナセーラを住処として、白猫は大変気に入っていた。


 その喫茶ボナセーラの、ある水曜日の朝。店主はいつも通り、ボナセーラの玄関を開けた。白猫はそれをカウンターの椅子の足元に隠れ、見ていた。しばらく経っても客はなかなか来ない。喫茶ボナセーラは一日に五組客が来たら良い方である、こじんまりとした喫茶店であった。退屈になった白猫は椅子の支柱を枕に、丸まって二度寝を始める。またしばらくしてから一組、客がやって来た。初老の男ひとりであった。白髪のヒゲをたくわえた初老の男は、新聞が置かれたマガジンラックを見て。「また先週の号になってるよ」と店主へ伝え、席へ着き、自ら持ち込んだ新聞を開いて、大見出しから読み始めた。『公園で放火か 地面がマル焦げ』と書かれてあった。「最近は物騒になった。若者のせいだ。若者が俺たちが保ってきた社会を崩そうとしてる」初老の男はそう独り言した。店主はさっき声をかけられた時から何も口にしてない。喫茶ボナセーラの店主は無口であった。白猫にさえ話しかけたことはない。白猫からすると、他の人間が気持ちの悪い甘えた声でこちらに向かってくるよりか、幾分気楽で良かった。白猫は初老の男の声で目を覚まし、前足で伸びをした。


 それから昼。白猫は店主の行動に興味を示し、店主の後を付いてゆく遊びを始めた。朝の初老の男はいつの間にかいなくなっており、代わりに灰皿の灰とシケモクと店主によって洗われたマグカップがシンクにあった。客はいない。店主は客がいないと、店のあちこちをいじっている。ホコリがあればそれを払うし、コーヒー豆の在庫が足りなかったら、それを足す。白猫は店主が何かをする度に、白い板の様なものに向かって、また何らかの物を掴んだ前足を動かしている事に気付いた。そしてそれを猫が用を足した後に砂を蹴る習性と白猫は結び付けた。この人間の男は相当に几帳面なんだなと、白猫は思った。そう思ってにゃーにゃ―鳴いていると、それに気付いた店主がミルクを平皿に張ってくれた。猫は思ったより長くザラザラとした舌を出してそれをペロペロ舐める。店主は白猫のそんな様子をしばらく見ていたが、やはり何か口に出す事は決してなかった。ミルクを飲んで満足した白猫は、またカウンター下の椅子の所へ戻り、ミルクの付いた鼻先をそのままにグーグー三度寝を始めた。


 そして夜。白猫は喫茶ボナセーラの玄関を出て、町の散歩に駆り出した。夜行性である白猫は夜の町が好きだった。夜は、散歩の邪魔をする人間の子供もいなければ、同じ地域の猫に出会えるかもしれない。ただその地域の猫でも、相性があり。相性が悪い猫同士だと喧嘩に発展した。逆に相性が良いと求愛行動を始め出す。大体人間と同じだ。暗くなった辺りに家の明かりが点り、白猫はまずそれらをジッと見ていた。それから明かりを見る事に満足すると、家の塀に登って散策を始める。軽々しい身のこなしで、ぴょんぴょんぴょんぴょん家と家の塀と塀とを飛び移る。これが白猫の、一日の内の運動の時間であった。そうしている内に、白猫は向こうからひとりの人間がやって来るのに気付いた。塀の上からは暗くその人間の様相がよく見えない。警戒態勢に入った白猫は腰を曲げて、瞳孔を大きく丸くしその人間をじっと見つめる。次第にその人間が近づいて来る内に、白猫にとって酷く不気味な音がしだした。遂に、その人間との距離がゼロになり、不気味な音も最高潮になった時。白猫はたまらず耳を三角に曲げ来た道を逆に素早く駆けだした。そして喫茶ボナセーラに戻ってから、濡れたシンクに身を隠し、しばらく動かなかった。それを見た店主がまた何かをメモした。

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