店主は年中無休 その1
「議員という仕事は過酷だ。本来の戸籍を持った人間としての顔、そして議員としての顔、その双方を両立し持たなければいけない。それに最近は一つのミスをネットでボロクソに言われる……。議員に限らず影響力を持つ人間は以前より更に一挙手一投足にフィードバックを送られる様になった……。それもゴミ山の様なフィードバックを……。そんな立場のなか、あのひとはよくやってる。いつ誰に見られていても構わない様に発言し行動する、誰に対してもなるべく平等に。それでも完璧は無理だ。完璧は無理でいい。本当に議員として完璧になれば、あのひとの人間性が失われてしまう。その人間性を唯一、議員としての顔、人間としての顔、その両方を唯一、見られるのが僕だったのに……僕はあのひとのあんな顔を知らない……。秘書ではなく、個人的に聞かせていただきます。あなたは、あのひとの、なんなんですか?」
ある夏の終わりごろの昼。女性議員の秘書がボナセーラを訪れた。秘書はウインナーコーヒーを注文するや否や、店主へ迫った。秘書は、前の店主に対する女性議員の態度が忘れられない様だった。秘書は必死になってカウンターから身を乗り出しそうな勢いだが、店主はやはり何も喋らず、ただ淡々と機械の様にウインナーコーヒーの準備をしている。秘書は我慢ならずに続ける。秘書の声は裏返っていた。
「あなたは呆けているのか、そういうフリをしているのか、どっちなんだ」
「本当に呆けているのなら喫茶店のやり繰りなんて出来るはずがない」
「少しくらい答えないか。僕は真剣に聞いているんだぞ」
店主はウインナーコーヒーのクリームを準備しだした。秘書は全く引かない。それが愛情なのか執着なのか知らないが、秘書の女性議員に対する想いは相当なものの様であった。店主は綺麗にウインナーコーヒーのクリームのとぐろを巻かせる。秘書の顔はどんどん赤くなってしまう。店主は聞いているのかいないのか分からない。
「このボクだけがあの人の仲介者でいれたのに……あなたはあのひとの傍に居るとでも言うのか。それは……なんか……ちがくないか。これは嫉妬か? いや、これは嫉妬ではない。ただ秘書として聞いておかねばならない時がある。別に嫉妬ではない。ただ秘書として引いてはならぬ時があるのだ」
コト。と店主は出来上がったウインナーコーヒーを秘書の前に置いた。完璧なウインナーコーヒーだった。それに対して、秘書はとうとう堪忍袋の緒が切れた様で。
「もういい。そちらが対話を試みないのなら、こちらもそれ相応の態度をとらせてもらうだけだ」
そう言って秘書は、一枚のプリントアウトされた用紙を店主の前に差し出した。
それは店主と女性議員がツーショットをしている紫外線で粗くなった写真だった。
「これはあのひとがスマホのカバーに挟んでいたもののコピーだ。不敬行為かもし知れないが秘書として撮らせてもらった。これを見てもまだ、沈黙を続けるか?」
すると。店主はジッとそれを見つめ、突然ガシっと頭を抱え、俯きだした。
「え!? おい、なんだ平気か? 大丈夫か?」
驚いた秘書の言葉も、店主には届かない。
店主の脳裏には、いつかの記憶が思い起こされていた。
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