第二八話 『不審な奴は更に不審な奴に』
停車した馬車の扉に近づき、腰を落として扉に手をかけるも、内側から鍵が掛けられているのか開かない。
車内から怯える男の声が聞こえる様から、中の人に大きなケガは無いだろう。 ……たぶん。
まったく、人様を誘拐して逃げた挙句、こうして捕まっても未だ抵抗するなんて、犯罪者の考える事はわからんね。
そんな訳で、扉の取っ手をしっかり握り、無理やり引き剥がす。
ベキベキバキッ!
金具から大きな音を立てて扉が剥がれ、中を覗く。
口を布で縛られている女性と、私を見て怯えた顔の男が二人。
誘拐犯であろう二人の男は、それはそれは人相が悪いというのに、来ている服は小奇麗だった。
そんな誘拐の犯人であろう男たちの一人が、懐からナイフを取り出し、飛び掛かってくる。
でも狭い馬車の中という事もあり、その男が馬車から出る瞬間にナイフを持った腕を簡単につかめてしまった。
腰を上げて立ち上がり、ずいっと持ち上げてやる。
「クソがッ! 離しやがれ!」
必死に私を睨みつけ、ジタバタと手足を藻掻く男。
おーこわいこわい。
持っている腕を強く握ってやった。
「がぁああああああああッ!」
顔を悶絶で染め、男は持っていたナイフを離した。
その落ちたナイフを足で除けて遠くに離し、手に持った男に聞く。
「で、あんたら誰なんだ?」
私の言葉に、男は口を噤んで睨みつけてくる。
黙秘する気でいるようだ。
まあ、その内に衛兵が来るだろうから、それまで尋問でもしていようかな。
そんな訳で男の頭を鷲掴みして腕から頭に持ち替えた。
「ぐぁああああああああああッ!」
おっと、少し力を込め過ぎたか。
絶叫し、顔を恐怖で染めている男に、もう一度問う。
「で、あんたら誰なんだ?」
そう男に問うと、男は恐怖を無理やり笑みに変え、ニタニタとした顔で言ってくる。
「さ、さあなぁ…… 誰だと思うんだ? お前みたいなメスガキにわかる訳がないよなぁ?」
男は舌なめずりして続けた。
「なぁメスガキ。お前、面と体はイイ感じに俺好みだからよ、俺と一緒に夜遊びでもやらないかぁ? 俺が手取り足取り教えてやるからさぁ! まずは俺の下半身にご挨拶って――」
ベキバキブシャア!
うわっ、あまりの寒気に握りしめちゃった……
男の頭はリンゴのように砕け、ドサリと事切れた亡骸が地面に落ちる。
吹き出す血が馬車の中に飛び散り、怯えた男の声と、くぐもった女性の悲鳴が響いてきた。
腰を落とし、そんな馬車の中を覗き込むと、怯えた顔の男と女性。
男はともかく、助けた筈の女性にまでそんな顔をされるのは心外だなぁ。
ちょっと力の入れ具合をミスっただけな上に、そもそもキッショい事を言う男のほうが悪いだろ。
女としての貞操で悪寒が走るのは慣れていないんだから、仕方ないと笑って許してくれたまえ。
馬車の中に腕を伸ばして男の胸ぐらを掴み、ズルっと引きずり出す。
私の腕に掴まれた男は、顔面が蒼白でこの世の終わりみたいな顔をしている。
そんな胸倉を掴んだ男を顔の位置まで持ってくると、男は何かに気が付いたような声を出した。
「お、お前まさかッ!」
「んぁ?」
まったく、今度はなんだよ。
お願いだから、これ以上私の機嫌を刺激しないでくれよなぁ。
そんな私の内心など知る由もない男は、私の腕に掴まれ苦しそうにしながらも、挑発するように吐き捨ててきた。
「なるほどなァ……! おまえかッ! お前がレミフィリアかッ!」
男の口から突然飛び出してきたのは、私の名前。
おいおい、コイツなんで私の名前を知ってるんだ?
私の顔を見てか、したり顔で男は言葉を投げてくる。
「なるほどなァ! 情報の通りの容姿だなァ! 最後にお前を見れて良かったぜェ? 女神の卵様よォ!」
おいおい、なんで私が女神の卵である事を知ってるんだよ、この大陸の貴族ですら容姿の内容だとかは伝えられていない筈だろ。
それをなんでこんな誘拐犯如きが、女神の卵の容姿を知ってるってんだ?
そんな私の疑問に答えてやろうじゃないかと言いたげに、男は自身の腰に手を回して何かを手に取り、それを自分の口に含んで飲み込み叫んだ。
「光の輪の導きあれ、ってやつだなッ!」
男は直後、吐血した。
突然の事に手を離してしまい、男が地面に落ちると絶叫しながら転げまわる。
自身の身の丈より高い位置から受け身も無しに落下すれば、それはさぞ痛い事は想像に難くない。
それはそうと、コイツ光の輪の真理教の奴らだったってのか?
足元で転げまわる男に聞こうにも、もう衰弱しきっている。
口に含んだのは具体的に何かはわからないが、それでも自決用の毒薬であろう事だけは、男の様子から見て取れた。
やがて足元で転げまわる男は動かなくなり、事切れたようだ。
「まったくさぁ、光の輪の真理教どもってさぁ、ほんとにどいつもこいつもこんな感じなのかよ」
つい言葉を漏らしてしまったが、まったくもって意味不明な連中だよ。
さっきまで私に怯えていたと思えば、私の正体を知った途端に嬉々として自害する。
その意味不明な覚悟は、いったい何に突き動かされてるんだか。
それから残された女性を馬車の中から出し、手足を縛る縄と口を塞ぐ布を外した。
怯え切った女性は私に「なんでもしますから殺さないでください!」なんて言ってくるもんだから、悲しくなるよ。
一から経緯を説明して、衛兵が駆けつける頃には私が助けに来た事を理解してくれたようで、ほっと一安心って感じか。
○○
相変わらずのキンキラキンな私の自室に囲まれ、手に持ったグレープジュースを飲みながら、今日の出来事をゲハルトに説明する。
窓の外に映る綺麗な星々を背に、ゲハルトはウンザリした顔で呟いた。
「はぁ、レミフィリアの回りは血なまぐさい事ばっかり起こるよな」
「うぐっ……」
まったくもって言い返せないのが歯がゆい。
まだ女神様に近いわけでもないのに、血やら暴力やら、誰かに怪我させる事ばかり な事を起こしまくっている自覚はある。
てか、自覚しかない。
ほんと、なんでこうなった。
ゲハルトは頭をかき、何かを考えながら言う。
「あー、わかったよ。オレ様が色々手回ししておく」
「う、うん。ありがと」
まったく頼りになる執政な事だ。
カーヴァン村に居た頃は我儘坊ちゃんだったのに、今やこんな感じだもんなぁ。
ほんと、人間って適材適所だと実感するよ。
そんな感じでゲハルトに内心で感心していると、ゲハルトは腕を組んで深く考えだす。
そして、ぽつりとつぶやいた。
「小奇麗な服を着た誘拐犯か…… しかも光の輪の真理教。これは全面的に調べたほうがよさそうだな」
ゲハルトはそう呟くと、私に顔を上げて言う。
「衛兵を手配してキッチリ全部しらべさせる。オレ様の名をもって命令すれば、どんな貴族も邪魔はできないだろうよ」
不敵に笑みを浮かべるゲハルト。
そんなゲハルトに聞く。
「えらく自信満々だなぁ。それに根拠あるのか?」
私の問いに、ゲハルトは声高らかに返してきた。
「なんたって、オレ様はレミフィリア様の執政だからなっ!」
腰に手を当てて胸を張るゲハルト。
こういう所を見ると、ほんとゲハルトをゲハルトだって感じられるよ。
手に持ったグレープジュースを机に置き、そんなゲハルトに手を伸ばして脇を掴み、持ち上げて引き寄せた。
突然人形のように掴まれたゲハルトは驚き、ワタワタと動揺している。
その様子も可愛く、まるで動く人形みたいだ。
人形のようなゲハルトをぬいぐるみの様に抱きしめ、私の同世代と比べて大きめの胸で包み、パフパフしてやった。
「んぶっ!?」
ぎゅうぎゅうと抱きしめると、ビクンビクンと跳ねるゲハルトの身体。
「んぐぅううううっ♡ んぐっ♡ んぐっ♡ んんんんんんぐっ♡」
おうおう、そんなに体を跳ねて、そんなに嬉しいかぁ。
将来の女神様である私の胸を楽しめるのは、ゲハルトの特権だぞっ。
好きなだけ楽しめっ。
それにしても、なんかイカの匂いするなぁ。
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