第二七話 『馬車をチェイスはカーチェイス?』


 いやはや、どれもこれもいい感じのロマンス本だった。

 超が付く程の最新作には特に追放ものが多かった印象で、今の流行りは追放もののようだ。

 私的には追放ものよりも『あれ、俺また何かやっちゃいました』系が好きなんだけどね。

 それでも、見たことも無いロマンス本を買えた事は素直に嬉しい。

 

 そんなオルソラ書店で超が付く程の最新作を買いあさり、屋敷に郵送を頼んでいたのが、ついさっき。

 繁華街の道を歩き、いつもの中央広場に向かって歩みを進める。

 周囲の人々は私を見慣れてるのか、四メートルの私を見ても驚く様子は無い。

 いい感じに皆が他人に無関心な、この感じ。

 沢山の飲食店やガジェット店が立ち並ぶ景色も相まって、それなりに都会って雰囲気を感じるよ。


 しばらく歩き、見慣れた中央広場にやってきた。

 見渡す限り、今日はミーナは居ないようだ。


 いい感じに座れそうな花壇の縁に腰かけ、ボケーっと空を眺める。

 相変わらず快晴の空。

 燦燦と降り注ぐ太陽は、ぽかぽかとした陽気を私に届けてくれていた。

 この地域特有の気候、ほんと何とも言えない陽気さだよ。


 視線を空から下ろし、周囲を見渡すも、 周りはカップルにカップルに子連れにカップル。

 少子高齢化が叫ばれていた前世の日本とは雲泥の差の景色。

 良い事じゃないか。


 そんな平穏そのものな中央広場を見渡していると、何気なく、耳に刺さる感じの車輪の音を立てて走る、一台の小奇麗な黒塗りの馬車が目に留まった。 

 その馬車は小奇麗ながら、何処か荒々しい走りで車道を走っている。

 平穏な中央広場の景色に浮く小奇麗な黒塗りの馬車を眺めていると、その馬車は急減速してカップルが座り談笑しているベンチの傍に停車したようだ。


 あーあー、気が荒いて嫌だねぇ。

 何が気に入らなかったのか知らないけどさ、カップルの邪魔はしないほうがいいって。

 どうせ、この後は顔を真っ赤にした勘違い爺か婆が出て、突っかかるんだろ?


 そんなアホが出てくるのを今か今かと、ボケーっと眺めていると、小奇麗な黒塗りの馬車から黒ずくめの男が二人出てくる。

 その黒ずくめの男たちはスタスタとカップルに近づくと、流れるような手際で何かのスプレーを彼氏側にかけ、あろうことかそのまま彼女側を乱暴に押さえつけ小奇麗な黒塗りの馬車に押し込み始めたのだ。

 必死に抵抗する彼女側だったが、乱暴に小奇麗な黒塗りの馬車に押し込まれ、地面でのたうちまわる彼氏側には目もくれずに小奇麗な黒塗りの馬車は走り去っていった。


 突然の事に動揺と混乱に包まれる中央広場。

 それはそれとして……


「あの速さならワンチャン追いつけそうだな」


 あの小奇麗な黒塗りの馬車の速度はそこまで速そうじゃなかったから、今から走っても追いつけるだろ。

 今履いている靴もハイヒールじゃなくてローファだし、イケるイケる。 

 


○○



 繁華街を疾走する黒塗りで小綺麗な馬車の御者台で、馬の手綱を握る男は馬車の中に叫ぶ。


「おいウェンディ! ソイツを少し黙らせろッ!」


 御者台の男が叫ぶ馬車の先から響く女性の声。

 その異様な声に周囲の人々の注目を集めるなか、馬車の中から別の男の声が聞こえてくる。


「わかってるって!」


 そんな声が聞こえてくると、馬車の中から響く女性の異様な声は、猿轡をつけたようにくぐもってしまう。

 黒塗りの小綺麗な馬車が繁華街を疾走するなか、御者台の男は何かの思考を巡らせ、独り言を呟いた。


「隠し通路まで距離がある…… ライガン様が手配した命令書はあるが……」


 御者台の男は前を見ながらも必死に何かを考える。

 眉間にシワを寄せ、必死の形相で馬の手綱を握る御者台の男の耳に、馬車の中から別の男の驚いた声が聞こえてきた。


「な、なんだあれは!?」


 そんな声に、御者台の男は振り向く事も無く馬車の中に居るであろう男に言う。


「おいトーマス、何かあったってのか?」

「デカい少女だ! デカい少女が追いかけてきてるぞッ!」 

「はぁ?」


 馬車の中から聞こえてきた返答に、呆れた声を出す御者台の男。

 まったく何を言っているんだ、と言いたげに仕方なく後ろを振り向き、驚いた。

 馬車の後ろから迫る、成人男性の二倍程はあろうかという大きさの、オレンジ色の長い長いロングヘアを靡かせ、オレンジ色の瞳をした絶世の美少女。

 大きな体格の歩幅で走るレミフィリアは、馬車に追いつきそうな程には早かった。

 

 後ろから迫るレミフィリアを見て、御者台の男は馬を急かして悪態をつく。


「くそッ!」


 馬車が更に加速し、そんな様子を見ていたレミフィリアは脚に力を込め、強く地面を蹴り駆けた。


「逃がすかよ!」


 四メートルの体格のレミフィリアの大きなローファーに叩きつけられ、舗装された路面が砕け、欠片が飛散する。

 大きなレミフィリアが車道を疾走する様子に、歩道に居る人々は驚きの表情。

 そんな周囲の視線を気に留める事も無く、目の前の黒塗りの小奇麗な馬車を追いかけ続けた。

 

 黒塗りの小奇麗な馬車の御者台の男が馬の手綱を引き、前方の馬車を道路のセンターラインを跨いで横切り追い越す。

 突然後方から現れた黒塗りの小奇麗な馬車に驚いたのか、追い越された馬車の馬が暴れて急停止した。


 後ろから追いかけるレミフィリアはセンターラインの先を見る。

 この街では見かける事も少ない大型貨物の自動車が対向車線を走っているのがレミフィリアの瞳に映った。

 レミフィリアは停車した馬車をセンターラインの反対側、歩道に跳躍して回避する。


ズダン!


 馬車のような速度で疾走していた四メートルのレミフィリアが歩道に降り立った事に驚き、動揺と驚愕、そして悲鳴が上がった。

 その脚から伸びるローファーが地面を砕き、歩道の人々を破片が襲う。

 誤って踏み抜けばひとたまりもないであろう威力の脚が、逃げ惑う人々の隙間を縫うように次々と踏み下ろされ、過ぎ去っていく。

 

 馬車を避ける為に歩道に入ったは良いものの、逃げ回る人々を避ける事に神経をすり減らすレミフィリア。

 車道に飛び移ろうにも、路駐停車した馬車や自動車、さらには逃げる黒塗りの小奇麗な馬車のせいで停車した複数の馬車が路上に停車していて、簡単には車道には戻れそうもない。


 逃げ惑う人々を縫うように足を下ろすレミフィリアの瞳に映ったのは、前方に屯する沢山の幼い子供たち。

 先導する大人を見る限り、保育園の一団だろう事が伺えた。

 流石に足の踏み場も無さそうな様子にレミフィリアは見渡してルートを探す。

 そしてレミフィリアは車道側に立ち並ぶ金属製の街灯に向かって跳躍し、蹴り上げ高く跳んだ。


ダンッ! ギィン!


 甲高い金属の変形音を轟かせ、くの字に街灯が折れ曲がり、跳躍したレミフィリアは建物の屋根に着地する。

 そして立ち並ぶ建物の屋根瓦を次々に砕きながら、視線の先にて猛スピードで車道を走行する黒塗りの小奇麗な馬車に向かって建物の屋根を跳躍していく。

 レミフィリアが見つめる先では、黒塗りの小奇麗な馬車が馬車を自動車を追い抜き、追い抜かれた馬車や車が次々と停車していく。

 自動車からはクラクションの音が響き、その音に興奮しているのか黒塗りの小奇麗な馬車は暴走状態になっていた。


 次々と跳躍しながら確実に黒塗りの小奇麗な馬車との距離を縮めていくレミフィリア。

 その様子を黒塗りの小奇麗な馬車を操る御者台の男は時折振り向いている。

 御者台の男の顔には焦りが張り付いていた。


「クソがッ! なんなんだよアレはッ!?」


 刻一刻と追いつく屋根を伝うレミフィリアに、そんな言葉を漏らす御者台の男。

 焦りが滲む声色に、馬車の中に居るであろう男は叫ぶ。


「何が起きてるんだ!? あのデカイ少女は何処に居る!? こっから見えないぞ!」


 御者台の男は返事をする余裕も無さそうに、屋根を伝うレミフィリアを確認しては前方の障害物を避ける為に馬の手綱を操る。

 やがて屋根上で疾走するレミフィリアが真横に並走し――


 ――レミフィリアが大きく跳躍した。


 四メートルの身体から発せられる脚力により屋根が大きく損壊し、屋根瓦が激しく飛び散る。

 宙を舞い、御者台の男に向かって飛び掛かるレミフィリア。

 空中で一回転し、その圧倒的な体格から繰り出される足の踵落としは、御者台の前方に落ちた。


 レミフィリアの脚が馬を直撃し、爆ぜる。

 推進力が突然無くなった馬車から御者台の男は宙に放り出された。


 空中を舞いながら、ただ見惚れる、御者台の男。

 馬を蹴り殺し、大量の肉と血が花びらのように美しく彩る、四メートルもの巨体の、その絶世の美少女の姿。

 オレンジ色の長い長いロングヘアが舞い、鮮血が周囲を彩る、その傾国の美貌の尊顔のオレンジ色の瞳から漂う、何処か残虐な笑み。

 

 御者台の男は、今さらながら思い出した。

 隷属連邦から、この大陸の各貴族に通達された書類を。

 

 この世界の最果てと言っていい大陸に、将来の女神様の卵が滞在なされているという、その通達を、死の間際になって思い出したのだった。

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