第十二話 『ドラ貴族は命に関わる』


 朝食を食べ終わり、今日も今日とて礼拝堂で祈る村の人々の目を盗んで二階で授業を受けている。

 今日は月に一週間程度しか訪れることのない雨季の週な事もあり、窓にはバタバタと雨風が叩きつける。

 そんな激しい雨音が部屋に響くなか、目の前には眼鏡をかけた落ち着きのある男性教授が、壁に掛けられたボードに書いた文字を指差しながら言う。


「ですので、スキルを使用する際には全身の魔力を活性化させ、スキル名を宣言しないと発動しません。巨大化スキルをふとした拍子に誤って使用してしまう、なんて事はありませんので、ご安心ください」


 そう言って眼鏡をかけた落ち着きのある男性教授はボードに書いた文字を消していく。

 今日はスキルの具体的な使用方法を学んでいるのだが、スキルを使用する手順があるなんて初めて聞いた。

 なんでも平民の子供は十六歳になった時に一斉にスキルを使用する特訓を行政から受けるらしく、こうして十二歳の時点でスキルについて学ぶのは貴族階級の特権だそうだ。


 将来の女神様とはいえ、ただの哀れな孤児院の少女の分際で貴族階級の特権を享受するなんて、ほんと変な感じがする。

 私自身、自分がそんな特別扱いを受ける程の凄い奴だとは一ミリも思ってないんだけどなぁ。

 

 部屋に広がる激しい雨音のなか、落ち着きのある男性教授の授業は女神シルフィーナ様の歴史についての話を始めた。

 女神メルナ様が降臨してから五百年後に降臨した女神様らしく、その女神シルフィーナ様も元は人間で、巨大化のスキルを得てから巨神族に種族が変化していたとの事。

 女神様に成るに至った経緯を聞いている感じ、最初は物凄く心優しい女の子だったみたいだが、それが身長が四百メートル程の巨人になった頃には、もう殆ど恐怖の女神様だったみたいだ。

 たぶん、この話をする事で「お前も将来はこうなるんだぞ」と遠回しに言っているのだろう。


 今、女神様は女神メルナ様と女神シルフィーナ様の二柱だが、どうも一番恐ろしい女神様は女神メルナ様だそう。

 いとも簡単に世界の人々を使いつぶすらしく、それはもう暇つぶしで偶然近くにあった大陸の人々に命乞いを強要した挙句、泣いて許しを請う人々を大陸ごと自慰の性玩具として使いつぶす程の、血も涙も無い悪逆非道な女神様らしい。


 それに比べ、女神シルフィーナ様は気まぐれで人々を使いつぶす事は稀で、余程の不機嫌にならない限りは人々を故意に虐殺したりはしないそう。

 だからこそ、隷属連邦の議員や役員からは『慈愛の女神シルフィーナ様』と呼ばれているのだとか。

 まあでも、そんな女神シルフィーナ様でも、その余程の事があって不機嫌になると女神メルナ様のように容赦なく殺戮の限りを尽くして気晴らしなされるとの事なので、どっちにしろ恐怖の女神様には違いないようだ。

 怖いなぁ。



○○



 地面に激しく打ち付ける雨音のなか、そんな今日も傘を片手に労働三昧。

 相変わらずのS型エネルギー出力筒が入った薄汚れている鞄を肩にひっさげ、坑道の入り口を目指す。

 雑貨屋や金物屋、飲食店や冒険者ギルドが立ち並ぶ居住区画を通り抜け、物資集積場や事務所などが立ち並ぶ採掘区画に立ち入る。

 坑道に向けて進んでいると、メインで稼働している物資集積場から聞き覚えのある男の子の声が聞こえてきた。


「クソがッ……! なんでオレ様がこんな事を……!」


 その男の子の言葉が聞こえてくる物資集積場を見る。

 そこには、いつぞやのゲハルトが不機嫌そうな顔で傘を差しながら荷物の集積作業をしている様子があった。

 ゲハルトは周囲の騎士に言っている。


「なんでオレ様がこんな下民の仕事をしないとならないんだ!? オレ様はクロウウェル家の息子だぞ!」


 喚くゲハルトに、周囲の騎士は困っている様子だ。

 騎士の一人がゲハルトに言う。


「そう言われましてもゲハルト様、領主であるゲルグ様の指示なので……」

「クソがッ! まったく……! 何で父上はこんな事をオレ様にさせるのだ……!」

「領民の生活を知り、貴族の責任を知る為に、労働の過酷さを知るべきだ…… とは領主様のお言葉でございますよ」

「だから下民の仕事をしろだって……!?」


 そんな事を言い合っているゲハルトと騎士。

 なるほどね。

 流石にゲハルトが余りにもドラ息子がすぎる現状に、父親が修行として労働に駆り出したのか。

 ゲハルトの父親には残念な事だろうが、当のゲハルトは全く反省も無い様子。


 おいおいゲハルト、お前が調子だと、たぶんさせられる労働がどんどんと過酷な内容にシフトしていくぞ。

 まあ、あの調子だとゲハルトも大変な目にあうだろうから、このS型エネルギー出力筒を配達した後に、あいつの元に行ってやるか。


 そんな訳で、奥へ進んで坂を下り、陥没した地形の一番底まで降りると坑道の入り口横に置いてある安全帽をかぶり、坑道に入る。

 長い長い坑道を進み、その先で出た広い集積場の隅に置かれた支給品エリアで、肩に下げた薄汚れている鞄からS型エネルギー出力筒を取り出すと、指定の棚に置いていく。

 一通り置き終わる頃、中央の集積場で鉱石を木箱に移している筋骨隆々な二人の作業員の会話が聞こえてきた。


「クロウウェル家の一人息子、あれ本当に大丈夫か?」

「ああ、あのボンクラぼっちゃんか。全く領主様に似てないよな」

「あんなのが将来の領主様だなんて、ほんとどうかしてるぜ」

「ほんとにな。マジであれが将来の俺たちの指導者だってんなら、そうなったなら一発かませばいいさ」

「そうだな、バカ領主様が一人居なくなったなら、その更に上の御方が新しい領主様を補充してくださるだろ」

「違いない」


 そんな物騒な会話をして盛り上がる筋骨隆々な二人の作業員。

 こんな場所で堂々と謀反の話をするなんて、ほんと凄いなぁ。

 まあでも確かに謀反が起こっても、その謀反を起こした側の理由が『今の領主が気に食わないから』だとするならば、確かに隷属連邦の役員が交渉した後に新しい領主を置くだけだろう事は容易に想像はつく。

 ほんと、労働者階級と貴族階級、実質的にどっちがより立場が高いのだか。


 それはそうと、ゲハルトの元に行ってあげないと。

 本当にずっとあの調子だと、大人になった時に謀反されかねない。

 やんわりと優しく「今のお前の態度ヤバすぎて将来ガチで謀反されても文句言えねぇぞ」って伝えてあげないと。

 

 支給品エリアから離れ、来た道を戻って坑道から出る。

 被っていた安全帽を元の位置に戻して傘を開き、坂を上ってゲハルトが居るであろうメインの物資集積場に向かう。

 その物資集積場についた頃には、なんだかんだ一仕事を終えたのか、ムスッとした顔で木箱に座って次の物資を待っているゲハルトの姿があった。


「お疲れ様っ!」


 ゲハルトにそう言うと、振り向き私を見るや少し緊張した顔を作る。

 そんなゲハルトの周囲に居る騎士は私を見て驚いている様子だ。

 みんな孤児院の時には見なかった初めましてな騎士ばかりだから、ゲハルトに私みたいな知人が居る事に驚いているのだろう。

 ゲハルト、友達いなさそうだもんな。

 騎士の様子なんて気にする事も無くゲハルトは言う。


「れ、レミフィリアか…… なんの用だよ」

「いや? その様子だと、父親に駆り出されたみたいだなっ」

「うぐっ……! まあ、そうだよ」


 私の言葉にゲハルトは図星を突かれたといった様子の反応をする。

 まあ、実際にはゲハルトと騎士の会話を盗み聞きしていたから知っているんだけどね。

 そんな顔のゲハルトに、言ってあげる。


「てかさ、なんでそんなに貴族であるというだけで、そんな自信があるんだ?」

「は……?」

「いやだってさ、領主様の一人息子なら、将来は領主様な訳だろ? 将来いろんな人から父親と仕事ぶりを比べられる立場なのに、なんでそんな余裕そうなんだろうなぁって」

「そ、それは……」


 私の疑問に、考えたことも無かったと言わんばかりの顔で驚いているゲハルト。

 まあ、普段のドラ息子な態度を見てれば、なにも難しい事を考える事なく生きてきた事だけは感じるよ。

 そんなゲハルトに、追加で更に言ってやる。


「それにさ、貴族様ってのは、民衆の上に立つのは権利ではなく義務だよね?」

「ぎ、義務……」

「ゲハルトの普段みたいな態度を取っている貴族様って大昔から居たみたいだけどさ、その貴族様の結末って、どれも似たり寄ったりじゃない?」


 黙り込むゲハルト。

 そんな私たちの会話をゲハルトの騎士は皆して静かに見守っている。

 まあ、ゲハルトの騎士も、普段ずっと思っていただろうから、私が言ってくれるならラッキーぐらいには考えいそうだ。

 ゲハルトに続けて言う。


「だからさ、ゲハルト。将来の領主様なんだから、もう少し身の振り方を考えたほうが身のためだよ?」

「……クソがっ」


 私の戒めに、苦し紛れに吐き捨てるゲハルト。

 悔しそうに、苦しそうに苦虫を噛んだような顔で俯くゲハルトの横にやってきて、同じように木箱の上に座る。

 ゲハルトは反対側にそっぽを向いた。

 そんなゲハルトに、少しからかい声で耳元に言ってあげた。

 

「ま、とりあえず今は、お仕事頑張ろうねっ!」


 それだけ伝え、木箱から立ち上がってメインの物資集積場から立ち去ると、ちょうど追加の物資が入っていく様子が見えた。

 まあ、お仕事頑張りたまえよ、ゲハルトくん。



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