第十一話 『誰もいない物資集積場でお昼時』
クロウウェル家の息子と名乗る貴族服の男の子がマリに絡んでいたのも、もう昨日の事。
今は十時の礼拝の時間。
今日も今日とて村の人々の目を盗み、礼拝堂の二階で将来の女神様としての秘密の授業を受けていた。
今受けている授業は、魔法についてだ。
目の前に居るのは魔法講師の老婦人。
なんでも有名大学での学院長をやっていた程の実力者だそうな。
そんな魔法講師の老婦人は、魔法の基本としてファイアーの魔法を教えてくれている。
授業の通り、両腕を前へ突き出して集中する私に、魔法講師の老婦人が言う。
「その調子です! そのまま腕に魔力を移動させてください! いいですね、いい感じですよ!」
腕に魔力を移動させるというが、その魔力を認識するのが難しい。
なんたって、集中力が少しでも切れると魔力の感覚を失ってしまうのだ。
魔力の感覚を失うと、次に認識した時には魔力は三分の一は既に霧散してしまう程には、流動性の高いエネルギーってことらしい。
なので魔法を使う際には、魔力操作を極めて集中力が切れる前に魔法を発動してしまうか、集中力の持続性を高めて魔法を確実に発動するかの二択になるのだそう。
魔力操作は簡単に覚えられる訳じゃないらしく、実際に魔法初心者の私には腕に魔力を移動させるだけで手いっぱい。
だからこそ集中力が命なんだよね。
腕に魔力が到達していくのが感覚で感じられる。
それを見ていた魔法講師の老婦人は言う。
「では、その両腕の魔力に意識を向け、炎のイメージを載せましょう! ファイアーと唱えるとイメージの構築の手助けになりますよ!」
魔力を感じながらも魔力に意識を向けて、更に炎のイメージをしろだぁ?
難易度が高すぎるだろそれ!
でも、やらないと練習にならないのはわかってるけどさぁ!
魔力に意識を向け、唱える。
「ファイアー!」
私の両腕から炎が立ち上った。
両腕がメラメラと燃え盛っているというのに、不思議と一切熱くない。
炎が出た時点で魔力の認識が途絶えたせいか、その後すぐに両腕の炎は鎮火した。
魔法講師の老婦人が喜ぶ。
「よくできました! これが魔法の基本的な発動方法です!」
なるほどなぁ……
確かにこれは、現実的に戦力として使うなら魔力操作を極めた上で一瞬で起動したほうが楽そうだ。
練習あるのみ、か。
そんなこんなしていると、もうだいぶ時間が経っている様子。
村の人々もみんな仕事に繰り出ている頃だろう。
時計を見てか、魔法講師の老婦人が言う。
「さて、昼食後の練習はこれぐらいにしましょう! 今日から魔法の授業を続けるので、続きは昼食後の礼拝です!」
その言葉で十時の授業から解放される。
これまでは所作や歩き方の練習とか、女神様メルナ様や女神シルフィーナ様の雑学が主な内容だったが、今日から魔法かぁ。
ここのところの授業、めっちゃ難易度上がってるなぁ。
○○
私の午前の分の仕事である、坑道にS型エネルギー出力筒を送り届ける仕事も終わり、支給されたランチボックスを片手に寂れた物資集積場まで来た。
ここはメインで使われている物資集積場から離れた場所で、メインの物資集積場が満杯になった時に使用されるサブとしての集積場だ。
今は木箱の保管場所になっている。
この寂れた物資集積場は周りが静かだから、すごく居心地がいいから気に入っていた。
そんな寂れた物資集積場に入り、今日はどの場所で食べようかなぁと辺りを歩く。
ここでもないあそこでもないとテクテクと歩いていると、木箱の上に仏頂面で座る見たことある顔の男の子と出会った。
「げっ…… なんでお前が……」
私を見るなり出会いたくない人と出会ったかの様な声を出す、その黒髪で黒い釣り目の男の子。
紛れもなくコイツは昨日、孤児院の玄関先でマリに絡んでいた貴族服の男の子だ。
その貴族服の男の子は私を心底嫌そうな顔で見ていた。
そんな顔になりたいのは私のほうだっつうの。
つい言ってしまう。
「あらぁ誰かと思えば、昨日の親の七光り君じゃないかぁ! 私らの孤児院を牢に居れる話はどうなったのかなぁ? ワクワクして待ってるんだけどさぁ!」
そう煽ってやると、貴族服の男の子は私から視線を外してそっぽを向き、拗ねるような声で呟いた。
「……昨日は悪かったよ。ちょっと気が立ってたんだ」
へぇ、そんな素直に謝れるのか、お前。
そっぽを向いている貴族服の男の子の横に座ると、少し居心地が悪そうな様子だ。
そんな貴族服の男の子に、からかう感じで言ってやる。
「へぇ、素直に謝る事できるんだな」
貴族服の男の子は、そっぽを向きながらも少し申し訳なさそうな声色で答えてくる。
「……親父にしこたま殴られたら冷静になっただけだ」
そんな事を言う貴族服の男の子。
確かによく見ると、顔のいたる所に青あざが見て取れる。
これは手ひどくやられたのだろう。
そんな貴族服の男の子は黙り込み、私と貴族服の男の子は静寂に包まれる。
風の音と落ち葉や小枝が転がる音が響く中、貴族服の男の子から腹の虫が鳴った。
こいつ貴族なのに、腹減ってるのか?
貴族服の男の子に聞く。
「腹減ってるなら帰ったら?」
「……一日飯抜きになった」
なるほどな。
沢山殴られた挙句、さらに食事無しにされたのか。
そら懲りるってもんよね。
やれやれまったく、仕方ないなぁ……
手に持ったランチボックスを彼の前に差し出し、言う。
「ほら、食えっ」
私の言葉に、貴族服の男の子は驚いた顔で振り向く。
貴族服の男の子は目の前のランチボックスを見て、そして私を見た。
「なんで……」
「いいから食えって」
疑問を口にする貴族服の男の子に問答無用でランチボックスを手渡すと、手の中のランチボックスを見ながら貴族服の男の子は聞いてくる。
「……お前は食わなくていいのかよ」
「それなりに給金を貰ってるから、適当に飲食店にでも行くさ」
私の返答を聞き、貴族服の男の子は呟くように言う。
「……ありがとう」
「どういたしましてっ、だ!」
貴族服の男の子の感謝に、そう返してやる。
ランチボックスを開き、中に入っていたサンドイッチを食べ始める貴族服の男の子。
二口食べた後、小さく言う。
「おいしい……」
貴族服の男の子は、そう言うとサンドイッチを平らげ、ランチボックスを返してくる。
それを受けとると、貴族服の男の子は私に言った。
「美味しかったよ、……ありがとう」
なんていうか、そうやって素直になれるんなら最初から素直になればいいのに。
そんな貴族服の男の子をからかう意味も込め、軽く笑って言葉を返してあげる。
「ふふっ。配給係の人に感謝だなっ」
「……ッ///!?」
貴族服の男の子は突然何かに驚いた様子で軽く視線を外すと、どこかよそよそしそうに目を泳がした。
いったいどうしたんだろう。
そんな貴族服の男の子は少し落ち着いたのか、言う。
「オレ様、ゲハルトってんだ。……ゲハルト・クロウウェルだ」
そう自己紹介した貴族服の男の子、もといゲハルト。
そんなゲハルトに自己紹介を返す。
「ゲハルトか、よろしくなっ! 私はレミフィリアだ」
「……レミフィリアか。よ、よろしく」
私の自己紹介に、ゲハルトはたどたどしく言う。
まったく、なんかかわいいな。
初々しいっていうのか、なんていうか、そんな印象がゲハルトからは感じられる。
ほんと、まともな人付き合いをしてこなかったのだろう事は、その初々しさから見て取れるよ。
それからゲハルトと軽い世間話をして時間を潰していると、鐘の音が響いてきた。
ゲハルトは言う。
「ああ、礼拝の時間か。……今日はありがとな」
「いいっていいて。じゃあな。また何処かで会うだろうさ」
そう言葉を返してから、木箱を降りて礼拝堂に向かって走る。
ま、この村に居るならまた会うだろ。
それはそうと、昼食は礼拝後だな。
礼拝堂の女神様の授業は魔法の続きだろうから、気を引き締めないと。
○○
礼拝堂へ去っていくレミフィリアを見ながら、ゲハルトは胸を押さえ、その高鳴りを沈めていた。
ゲハルトが瞳を閉じれば、瞼に蘇るレミフィリアの美しい笑顔。
まるで神話の古の神々に出てくる豊穣の女神のような眩さで笑うレミフィリアの、あの姿が永遠とゲハルトの脳裏に焼き付いている。
長いオレンジの髪を垂らし、うなじを見せながら、すこし色気を含んだオレンジの瞳で悪戯な笑顔で話しかけてくる、その絶世の美少女の姿。
横に座ってきた時にフワリと鼻をくすぐった華やかな香りが、ゲハルトの鼻に未だに残っていた。
そんな強烈に魅惑的で、脳を焼かれているかのような誘惑を振りまくレミフィリアの姿に、誰に言うでもなく、ゲハルトは小さく呟く。
「……反則だろ、あれ」
その言葉は、静かに風に乗って空を舞っていく様だった。
――――【あとがき】――――
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