九月十日


 昨日、新しいアルバイトの面接に行ってきた。ようやくこの怠け者、重たいケツを上げて人並みに労働する気になったようだ。どうしてこのタイミングで新たなアルバイトをしてみようと思い立ったのか、自分でも正直なところよく分からない。両親の苦労をようやく直視したのか、現状を継続した先の奈落に思いが至ったのか、ただの気まぐれか。どんな場所でアルバイトを始めたのか、告白しよう。ロッカーの製造工場だ。現場到着の電話を会社にかけてみると、大きな車道沿いのシャッターが開いた。中から出てきたのは幾らか腰の曲がったふくよかなおばちゃん。なんだ、おばちゃんの体力でもできる仕事なのかしら。そんなことを考えながらおばちゃんに続いてガチャコンガチャコンと音をたてる機会の間を抜ける。随分若い金髪の兄ちゃんが労働していた。まずい。もしかしたら随分と平均年齢の高い職場に来てしまったのではないか。今年二十九だぞ、こら。大丈夫か? 設計者が人を故意に転げ落ちさせようとしたのではないかと疑いたくなるほど急な階段を上って休憩室とやらへ。割合広い。机にはティーバッグの箱が並んでいた。紅茶が出てくるのか? 私はダージリン派だぞ、こら。やがて入ってきたのは若干マッチョな兄ちゃん。彼がボスらしい。履歴書を渡し、二、三話をしていると、話題は、どうして島根の大学を出て縁もゆかりもないこの場所に来たのかということに。そんなこと、とても説明できるものか。「まあ、色々ありまして。へへっ」誤魔化せたか? 話題は給料のことに。現金払いらしい。生れて初めて給料袋とやらを見ることになりそうだ。身体的にしんどいらしいが、大丈夫かしら。私はRPGの世界では魔術師タイプだぞ、こら。

 なんのかんの話していると知らぬ間に私の採用が決まっていた。筋肉は仕事をしているうちにつくらしい。「仕事が合わないようなら遠慮なく言ってほしい」と逃げ道まで用意してくれた若干マッチョ。聞いてみると私よりひとつ年下らしい。

 懸念しているのは私のような者が溶け込める職場であろうかという点である。別に誰もなんとも思っていやしないのかもしれないが、今の私には職場の人間にどう思われているのかだけが気になっている。実のところ、仕事内容に関してはあまり心配していない。いや、嘘だ、結構心配している。何もかも心配している。

 しかし、ものは考えようである。働きに行くと思うから不安にもなれば、しなくともよい心配をするのだ。小説のネタになるかもしれないロッカー工場の取材に行くと思えば幾らか気が楽だ。ただの取材ではない。金まで貰えるグッドな取材だ。そうだ、あくまでも私は作家だ。その自恃で乗り越えることにしよう。そうでなければやっていられるものではない。またこの男、気を抜くと自己否定の趣味に走るきらいがある。少しいいように考える習慣をつけた方がいい。これでうまくゆけば両親の援助なく生きてゆけるだけの金を稼ぐことができるようになるかもしれないのだ。ま、なるようになる。あまり考えずにゆこう。

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