第2話 デブリの嵐
出港から六時間。
八つの母船は編隊を組み、赤い航路マーカーに沿って加速していた。
背後にはすでに地球は小さな蒼い玉となり、恒星の光にかすんでいる。
艦橋に並ぶスクリーンに、航路上の前方領域が拡大表示された。
そこに広がるのは、細かい光点が無数に踊る帯――予想よりも濃く、荒れたデブリ群だった。
本来ならば安全圏のはずだった宙域。だが、実際には不規則な重力異常の影響で、観測データ以上に帯が密集していた。
「……出たな」
機関主任・真壁晶が低く唸る。
「公表データよりも密度が二割は濃い。下手をすると、航行不能レベルだ」
外交官・霧島蓮は眉を寄せ、即座に言った。
「IMO本部に確認を――」
「間に合わない」船団長オオトリが言葉を遮る。「船団は自ら判断して突破するしかない」
艦橋に緊張が走る。
航路全体に散らばる船団の通信回線が同時に開き、各陣営の声が飛び交った。
船団間の対立
連邦アークの司令部から、威圧的な声が響く。
「我々が先頭に立つ。最強の船体と推進力を持つのは連邦アークだ。他は隊列を整えて我々の後に従え」
すぐさま東方同盟の李迅が応じた。
「数こそが壁を切り拓く。我々が前列を担う。連邦のやり方は危険だ」
大洋連合が割って入る。
「どちらが先頭でも結局は消耗が大きい。我々は補給資源を無駄にする気はない」
遊牧船団のカイ・ローグは鼻で笑った。
「お前らが順番で揉めてる間に、俺たちは好きに抜けさせてもらうさ」
会話は瞬く間に混乱へと変わった。
蓮は歯を食いしばり、通信卓の前へ進む。
「待て!」
強い声を発し、各船団の視線を引き戻す。
「我々はここで分裂してはいけない。デブリ帯は確かに危険だが、単独突破すれば被害は甚大だ。太平洋船団は並列航行案を提案する。列を広げ、互いの死角を補い合う形だ」
通信の一瞬の沈黙。その背後で、真壁が低声で囁いた。
「……李の渡してきた“非公式データ”を使え。奴はそれを狙っている」
蓮は小さく頷き、追加情報を提示する。
「この宙域には重力異常帯が確認されている。非公式だが、信頼できるデータがある。特定のポイントを避ければ被害は減らせる。今は協力するしかない」
船団の決断
沈黙を破ったのは、北極圏のセルゲイだった。
「……悪くない。並列航行なら被害は分散できる。強者の虚勢より、理のある案に従おう」
連邦アークは不満を隠さず舌打ちを残したが、強引に押し通すことはできなかった。
やがて各船団が渋々ながら同意し、隊列は広がる。
「よし……」蓮は息を吐いた。
しかし次の瞬間、真壁の端末がけたたましく警告音を鳴らす。
「冷却系に不正アクセス! まただ!」
「外部か?」
「いや、内部だ。艦内からの侵入……誰かが、意図的にシステムをいじってる!」
蓮は即座に警備士官へ指示を飛ばす。
「機関部を封鎖! 不審者を探せ!」
だが封鎖が完了する前に、艦は激しく揺れた。
小型デブリの直撃。シールドが火花を散らし、機関部のモニタが赤く染まる。
「推進剤の流量が落ちてる!」真壁が叫ぶ。
「冷却系が一部ダウンしてる! このままじゃ主推進が焼き付く!」
決死の突破
蓮は瞬時に決断を迫られた。
「……機関を守れ。速度を落としたら列から外れるぞ」
「やってみせる!」
真壁は補助推進系のマニュアル制御に切り替え、緊急冷却を回す。
汗が額を伝い、端末に滴る。
視界の外で、他船団の艦も火花を散らしながら突入していた。
遊牧船団の小型艇が巧みに隙間を抜け、大洋連合の補助艦が一隻、衝突で大破する。
それでも列は崩れず、重力異常帯を避けながら進んだ。
「冷却安定! 主推進、持ち直した!」
真壁が叫ぶと同時に、デブリの帯が途切れ、星々の明滅が視界に広がった。
突破――。
嵐の後
艦橋に静寂が戻る。誰もが荒い呼吸を整えながら、互いに生き残った事実を確かめ合った。
だが安堵の中で、蓮は拳を握りしめていた。
「……内部からの妨害は確実だ」
彼は低く呟いた。
「自然の嵐よりも、人の影の方が厄介だ」
窓の外には、遠ざかるデブリ帯と、無数の星々があった。
その先に待つのは
だがその道程が、これほど容易ならざるものであると、誰もが痛感していた。
――こうして、先発移民団の航海は、早くも最初の嵐に晒されたのだった。
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