七月十九日より
しがない
プロローグ
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月世界へと向かう彼女の姿は残酷なほどに美しくて、永遠のような時間を僕は見惚れていた。
幻想を剥奪して言うならば、それは即ち死への飛翔だった。けれど、静かに、あるべき場所へと還るように浮かぶその姿はある種の宗教画のような神秘性を持っている。あるいは、死へと近付いているからこそ、神秘的なのかもしれない。人は時折、脆さや欠陥の中に美しさを見出すのだから。
それが始まりだった。重力を失った少女と僕の、出会いだった。
出会いとは、必然的に終わりを示唆する。花が開けばいずれ風雨に晒され散っていくように、出会ってしまったならば人は別れなければならない。そして例外なく、僕たちも別れを迎えることになった。
厭うても、儚んでも、それは平等に訪れる。ならばせめて、僕は上手くさよならを言うことが出来ただろうか。
哀しみを誤魔化すことは出来ない。哀しくなんてないのだと言えば、あの時存在していたものさえも否定をしてしまうことになるのだから、僕は毅然としてその哀しみを肯定する。認める。僕は、彼女との別れに対してどうしようもないほどの痛みと苦しみを覚え続けている。
それでも、上手くさよならを言うことが出来たならば救われる気がするから、僕は祈るのだ。もう触れることの出来ないものへと。
月を見る度に、僕は自らの中に出来た埋めようのない空白を自覚する。なぞる度に痛みを覚え、そして夢見る。もう戻ることはない美しき影を。
これは僕が失う物語だ。けれど、それは特別なものではなくて誰しもに言えることなのかもしれない。人は、失っていく。喪失を抱き続ける。僕たちは、失うために生き続ける。
それでも、月はただそこに在り続けるのだ。表情を変えずに、凄惨なほど静かに。
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