第2話:バレーボールの彼女

 放課後の校庭。

 体育館の窓からは、ボールが床を打つ音と、掛け声が響いていた。


「ワンツー! アタック!」


 俺はカメラを首から下げたまま、思わず足を止めた。

 白いボールが宙を舞い、次の瞬間、長身の美少女が全身をしならせてジャンプする。


 ドンッ!


 鋭いスパイクが床を突き刺し、見学していた部員から歓声が上がった。


 ——飛鳥井乃愛あすかい のあ

 入学早々「女子バレー部のエース」と噂されている存在だ。

 背は高いけれど、雰囲気は明るく、男子とも気さくに話している。


「ナイスー、乃愛!」

「今日キレッキレだね!」


 仲間に囲まれ、汗を拭いながら笑顔を見せる彼女。

 なんというか、俺とは真逆のタイプ。

 きっと、同じ一年でも世界が違う。

 ——そう思いながらも、俺はファインダーを覗いていた。


 カシャ。


 シャッターに切り取られたのは、躍動感あふれる瞬間。

 澪の時とは違う、健康的で眩しい輝き。


「……あれ?」


 もう一度シャッターを切ったとき、彼女の表情が一瞬曇った。

 スパイクのタイミングがわずかにずれて、ミスをしてしまったのだ。

 仲間に「ドンマイ!」と声をかけられても、乃愛は苦笑いを浮かべただけで、どこかぎこちない。


(……もしかして、噂とは裏腹にスランプとか?)


 そんなことを考えた矢先——


陽翔はるとくん」


 背後からひそやかな声がした。

 振り向けば、そこにいたのはまたしても彼女。


「……澪」


 闇見澪やみみ みおは、体育館の窓の方に視線を向けながら、小さな声で囁いた。


「飛鳥井さん……見てたんだね」


「え、いや、別に……」


「ふふ。わかるよ。だってカメラ、向けてたじゃない」


 澪の笑顔は、柔らかいはずなのに背筋が冷える。


「心配しないで。陽翔くんがどんな女の子を撮ってても、私、怒らないから」


「ほ、ほんと?」


「うん。ただ——」


 彼女は一歩、俺の耳元に顔を近づける。


「その子の写真は、全部消して。陽翔くんのレンズに残していいのは、私だけだから」


「……っ!」


 にこりと笑う澪。

 その目はまっすぐで、そして異様に重い光を宿していた。


 澪はさらに一歩近づき、俺の腕に指先を絡めながら囁いた。


「もし間違えて他の子を撮っちゃっても……大丈夫。私、その子の顔を全部、私の顔に上書きしてあげるから」


「……おい、勝手に俺のカメラに“闇見澪専用フィルター”入れんな! それ、愛じゃなくてホラーだからな!」


 心の中で全力ツッコミを入れる俺。


(……やっぱり、こいつはやばい)


 こうして俺は、高校生活二日目にして、ますます「病みヒロイン」に縛られていくのであった。

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