病みヒロインが重すぎる!

葉山 鳴彦

第1話:カメラの先にいたのは——

 4月。入学したばかりの校舎は、まだ新しい制服の匂いが残っていた。

 高校1年生になった俺——広瀬陽翔ひろせ はるとは、今日も愛用のデジカメを首から下げて校庭に出ていた。


 写真部に入ったのは、ただ「風景や動物、そして人の一瞬を残すのが好きだから」ってだけ。

 別にプロを目指すわけでもない。だけどファインダー越しに見ると、普段気づかない色や表情が見える気がして、俺はそれが楽しかった。


 茂みの陰から、ふいに白い猫が飛び出してきた。

 しなやかな身体が宙を切る瞬間、俺は無意識にレンズを追い、指先に力を込める。


 カシャッ。


 シャッターを切った瞬間——


「……あの、今の、消してくれる?」


 背筋が凍った。

 カメラから視線を上げると、そこには長い黒髪の女子が立っていた。制服の袖をきゅっと握りしめ、じっと俺を見つめている。


「え、あ、ごめん! 偶然フレームに入っちゃって——」


広瀬陽翔ひろせ はるとくん」


 俺の名前を、彼女はためらいもなく呼んだ。


「……なんで、知ってるの?」


 初対面のはずだ。クラスもまだ顔と名前が一致してない奴だって多いのに。


 彼女は小さく微笑んだ。けれど、その笑顔はどこか、底の見えない暗さを含んでいた。


闇見澪やみみ みお。同じクラスだよ。あなたのことは、入学前からずっと調べてたから」


「……え?」


「君のSNS、全部知ってるし。好きな作家も、通学路も。昨日の夜、寝る前に見てた動画まで」


「えええええええ!? こ、こわっ……!」


 思わず一歩引く俺。けれど澪は、その距離を一瞬で詰めてきた。


「でも安心して。私、陽翔くんのことを世界で一番、大切にするから」


 にこりと笑う。

 その目は純粋で、けれど異様なほどに重い光を宿していた。


「ねぇ……消さなくていいよ。その写真」


「え、いいの?」


「だって……陽翔くんのカメラに、私が残るんでしょ? それって、私と陽翔くんの永遠だから」



 ——やばい。この子、絶対にただのクラスメイトじゃない。



「……いや永遠どころか、下手したら俺が間違って消去ボタン押した瞬間に消えるからな!?

 SDカードの気分ひとつで“永遠”が消滅するの、だいぶ危ない発想だぞ!」


 俺のツッコミに、澪は一瞬「……そっか」と小さく肩を落とした。

 あ、やば……本気で落ち込んでる?


「い、いや! クラウドにバックアップしとこうかな!?

 ほら、二重保存って大事だし!」


 慌てて付け加える俺。


 すると澪はぱぁっと顔を明るくして、嬉しそうに微笑んだ。


「クラウドに……私を残してくれるの? すごい……世界のどこにいても、陽翔くんと繋がっていられるんだね」


「……あ、やば。フォローしたつもりが余計に重くなった……」


 こうして俺は、高校生活初日から「病みヒロイン」に捕まってしまったのだった。

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