弐拾壱、熱海温泉へ
熱海までは車で二時間ほどだった。それぞれ別の場所に住んでいることや、陸君と千裕さんだけ電車で来るということもあり、現地集合になった。
熱海はもはや外国人の街、と言えるほど日本人が少ないのは俺が生まれた頃からずっと変わらない。いつ行っても活気があるし、日本語ではない言葉があちこちで飛び交っている。結局星芒市だの超能力だの神様だのといった話はごく一部の人にしか関係がなくて、大多数は何の変哲もない日常を送っているのだと、改めて実感する。
「玲央さんは、行ったことありますか? 熱海」
「小学校の頃両親に連れられて、一度。行ったって記憶しかないですけどね」
「じゃあ、たくさん思い出残せますね」
「さすがに家族との思い出を上書きできるほどには……」
「私もあなたの家族ですけど……っ!」
真鈴さんはこの旅行の本来の目的を忘れて、すっかりはしゃいでいた。態度にはそれほど出ていないが、助手席の方を時々見るだけで感情が伝わってくる。真鈴さんは精神的に安定していて、それでいて感情豊かなのだ。自分が二十歳の時はこんなに大人じゃなかったかもな、と数年前のことを懐かしく振り返る。
「よもさん、そろそろ着くようですよ」
「確か、黄色い車だったような」
「あれじゃないですか?」
道路を走っている時から、斜め前に黄色いジムニーが見えていた。そのまま二台同じ旅館の駐車場へ吸い込まれ、向こうからは夫婦一組が出てきた。旦那さんの方は俺より一回り小さく、俺の親父より一回り若いくらいの、黒髪豊かな男性。奥さんの方は真鈴さんと同じくらいの背丈の、総白髪の女性だった。
「おお、マリン」
「よもさん……っ!」
短いそのやり取りで、ほとんど自己紹介は終わった。四十代くらいと見える白髪の女性が蓬さんで、その隣に立つのが旦那さん、つまり克矢と血がつながっている伯父さん。伯父さんの顔を見ると、確かに克矢と顔のパーツがいくつか共通していた。他人と言ってしまえばそれまでだが、伯父と甥の関係だと言われれば分かる気もする、といったところか。
「無事に元気でいるようで、何より」
「あ……っ」
「心配は無用だ。中和処理を受けているといっても、すぐさま神格化の影響が伝播するほどじゃない。それに……」
感動の再会が繰り広げられたあと、陸君と千裕さんを迎えに行くために熱海駅へ向かう。彼らが今回の主人公なのだから、合流しなければ始まらない。相変わらずの外国人の数だったが、重そうなスーツケースを引いたたくさんの外国人の中で比較的軽装備の二人を見つけるのはそれほど難しくなかった。無事に合流した後、行列ができ始めていた海鮮丼の店に入る。
「お久しぶりです、蓬さん」
「こうして二人に会える日が来るとはね。息子娘が実家に帰ってきたみたいで嬉しいよ」
「最近帰られてないのですか?」
「ちょっと放任主義で育てすぎたみたいだね。こちらの気など知らずに、自由奔放にやっているよ」
改めてお互いを知り合う時間になった。俺と真鈴さんが知らなかったのは一人だけ。蓬さんの旦那さんである、
俺がお代を出すのをいいことに豪華な「海鮮てっぺん丼」を頼んだ真鈴さんは、イクラが苦手なのか器用にイクラだけ箸ですくってはホイホイ俺の「トロとろとろ丼」に乗せていく。容赦なく好き嫌いを見せるところは昔から同じらしく、蓬さんはにこにこして真鈴さんの箸使いを見ていた。
「蓬さん、お子さんがおられるんですね」
「ああ、言ってなかったか。マリンと同い年の双子がいるんだ。私より機密事項に多く触れているよ」
「レベル3以上の情報研究……ということですか?」
「そうだ。レベル3以上の情報を把握するとなると、神と接触する時間もそれだけ長くなる。いわゆる『耐神性』が必要とされるんだ。神の力に耐えうる性、と書いてね」
耐神性と聞いて思い出した。中和処理という名の治療を受けるほどなら、蓬さんは外出して大丈夫だったのだろうか。というより、旦那さんは問題ないのだろうか。その答えは、蓬さん本人からもたらされた。
「耐神性を持つか否かは、すごく簡単に言えば超能力を持っているかどうかで決まる。超能力と神が近しいものであるという考え方は、そこから来ているんだ」
「どういうことでしょう?」
「私たちは神を視認しない分には、『自分たちをどこかで見ているかもしれない』として、畏怖の対象にするだろう。もちろん、見えないから信じないという人もいる。見たことはないけれどいるに違いない、と信じる人が宗教に入信する。神も一歩離れたところでそうした議論をされる分には黙認し、また見守ってきた。超能力、つまり超常的な力も、本来は神が管轄していたものだった。それを、『転生者』から搾取するという裏技ルートで獲得したのが今の私たち。おまけに、超能力のおかげで神ははっきり視認できる存在となってしまった」
「見える」ようになるだけでそんなに変わるものなのか。はっきりと見えて、確かに存在するものだと分かれば、落胆する人が出るかもしれない。あるいは、期待していたものと違うと怒り出す人さえ出るかもしれない。いずれにしても、神という見えない存在に期待する人ほど、実際見えてしまった時に抱くマイナスの感情は大きくなるだろう。それが神様の望まない状態であることくらいは、俺にも分かる。
「世の中には見えない方が幸せなことなどいくらでもある。そこを
「ではどうして、超能力の研究を続けるのですか」
「神に近づくことが、必ずしも悪いことばかりとは限らないからだよ。超能力の獲得は間違いなく、人類の進化。進化なくして生き残ることは不可能だ。早々に滅びたくないのであれば、与えられた知性を最大限活用して、進化の研究を推し進めなければならない。議論の余地はいろいろあるけれど、ね」
海鮮丼を食べ終わり、平和通り商店街を歩きながら気になったものを食べ歩きする。真鈴さんが熱海ばたーあんを美味しそうに頬張るのを横目に見ながら、俺はこれから首を突っ込むであろう世界に思いを馳せていた。
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