弐拾、レベル3
「神が生まれるって……どういうことですか」
『そのままの意味だよ。星芒市の一番中心の部分には、確かに神様が存在する。それがレベル3の情報の一端だ』
神様は誰の心の中にも宿っている。はっきりと実体があるものではなく、精神的な存在として人々の心の拠り所になっている。わざわざ言語化しなくとも、その考え方が大多数の日本人の中にはある。しかし星芒市には、本当に神様がいるのだという。当然、簡単に信じられる話ではなかった。
『おそらく、結界の時点で神の意志、神格が存在していたのだろう。それが特殊な血を持つ人間を取り込んだことで、実体化してしまった。もっとスピリチュアルな表現をするのであれば、超能力研究そのものが人間を無理やり進化させる禁術、だった』
「もう少し……分かりやすく説明してください、よもさん」
『あの場所には、神様がいる。その神様は、私たちが無理に超能力開発を進め、先天的に超能力を獲得できるよう進化してしまったことに怒っている。それだけ分かっていれば、十分だ』
「蓬さん。さっき、インターホンのモニターに、金髪の女の子が映ってました。一瞬、視界の端に入った程度ですが……それが、結界に取り込まれたはずの蓬さんの妹さんなんですか」
『見てしまったか……そうか』
「見てしまったら、どうなるんですか」
『神格化の影響が及んでしまう。直接視認するだけではなく、モニター越しに見てしまった場合も影響を受けるようだ。声が精神に影響する事象は、現在のところ確認されていない』
「神格化……」
『具体的には、視認した時間が長ければ長いほど、脳機能に悪影響が出る。神を視認することでおびただしい量の情報が脳内に流れ込み、普通の人間であれば神経が焼き切れて死ぬ。普段から脳を使うことに慣れている人ほど耐性が高いとは言われているが、何時間や何日と耐久出来るようになるわけじゃない。せいぜい数分の差だ』
「もしかして……よもさんも、」
『ああ。一度
「俺は、大丈夫ですか」
『聞いている限りは問題ない。変わらず日常生活を送れるだろう。ただ、外でくぐもった声が完全に聞こえなくなるまでは、外出を控えた方がいい。彼女がキミたちをマークしているのはほとんど確実だ。どこから情報をつかんだのか……。それと、思考回路にわずかな変化が認められる可能性はある。例えば、神が実在することを当然として受け入れられるようになる、とか』
「……っ!」
『不安なら私も今受けている、中和処理を時間がある時にやっておくといい。軽度であれば痛みの類は全くない。……っ、中程度以上だとなかなか効くものがあるが……』
蓬さんが急に声を荒げた理由が分かった。インターホンの映像をじっと見つめたりなどしていたら危なかった。しかし、電話越しでしか状況を把握していないはずの蓬さんが、まるで直接見ているかのように俺たちに指示できたのはなぜだろうか。そう尋ねると、蓬さんはすぐに答えを返してきた。
『私にはある程度、神の認識している情報が流れ込んでくるようになっている。神格化と、生まれつき超能力を持っていることが原因でね』
「生まれつき……よもさんも、そうなんですね」
『私は先天的に超能力を獲得した最初の例だよ。当時は超能力科学の発展なんてまだまだだったけれど。ゆえに、柏柚香は私に権力を持たせないために、あらゆる手を尽くしてきた』
神を視認すると精神に支障をきたすと聞いて、ようやく陸君の話からここまで飛躍した理由が分かった。陸君の人為的とさえ思える不自然な期間の記憶喪失は、神格化の影響だったのだ。神格化のことを知らなければ、陸君の症状の原因は分からないまま。陸君を助けたいのであれば、真っすぐに考えればレベル3の情報を知らなければならない。
「陸さんも、神格化の症状で苦しんでいる……よもさんは、そうおっしゃりたいんですね」
『大方そうだろうと思う。おそらく陸君は、彼女の姿を見ている。記憶喪失で済んでいるということは、軽度なのだろうが。問題はレベル3の情報を伝えずに、どうやって治すかだね』
「記憶喪失は、その人の転換点になった出来事がきっかけになって、寛解する可能性があると聞いたことがあります……よもさん、やはり陸さんと会ってはいただけませんか」
『しかしこのままいけば、私の神格化症状が彼にもうつってしまう……いや、逆に……賭けてみるか、その価値はある』
「どういうことですか」
『神格化の症状には、”プラス”と”マイナス”がある。区別は簡単で、神格化によって何かを生産する方向に影響が出ているのがプラス、逆に何かを失う方向がマイナスだ。プラスとマイナスどうしであれば、神格化の影響が出ても打ち消し合う……そういう例が、星芒市内部の研究で数例あったはず』
「もしそれが正しいとすれば、陸さんは記憶喪失なのでマイナス、ということですか?」
『ああ。私は神格化の影響を受けて以来、インスピレーションが湧いて超能力研究が捗っているからプラスと捉えられる。陸君には悪いが、私に会いに来てもらうよう手配しようか……』
陸君とのアポは比較的簡単に取れた。真鈴さんのことと同様に、星芒市からの脱出に大いに協力してくれた蓬さんのことを、陸君ははっきりと覚えていた。電話越しでも伝わる嬉しそうな声が、再会という策の良さを何よりも物語っていた。
「問題は、場所ですか」
「そうですね……陸さんが脱走してきた身である以上、星芒市の関連施設では難しいですし。私も、行きたくないですし……」
「真鈴さんは奔放すぎて、亡命の身だと思えないですけどね」
「ひどい話です、私はこんなに不安だというのに」
「いたっ」
ぎゅっとハグを要求してきた真鈴さんに応えると、隙をつかれて脇腹をつねられた。つまめるほどの脂肪がないせいでダイレクトに筋肉に響いてかなり痛い。この攻撃が俺に効くと学習してしまった真鈴さんは強い。
「……そうだ。よもさん」
『うん?』
「よもさんの神格化? の症状がどの程度が分かりかねるのですが……一時外出も許されないほど、重いものなのでしょうか」
『そもそも病院にいるわけではないから、問題ないよ。入院治療しているというのは上手い具合に私の現況を理解してもらうための噓だからね』
「……っ! で、では、一緒に温泉に行くというのは……いかがでしょう?」
そんな真鈴さんの突発的な提案で、俺と真鈴さんの夫婦、陸君と千裕さんのカップル、そして蓬さん夫婦の計六人という、奇妙な取り合わせでの熱海旅行が決まったのだった。
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