九、愛する人を助けられるなら

「……もしもし」

『あぁ、キミか。星芒市について嗅ぎ回っているというのは』


 病人にしては、やけにしゃべり方がはきはきとしている。それが克矢の伯母さんに対して抱いた第一印象だ。顔を含めた外見は何も分からないが、どこか少女を相手にしているようだという感覚は、もしかすると合っているかもしれない。


『克矢くんから大方話は聞いているよ。下市玲央しもいちれおくん』

「はじめまして、よろしくお願いします」

『そんなに改まらなくていいよ。ボク……私のことは、気心の知れた友人くらいに思ってくれればいい』


 若干の違和感。しかし、次に言葉が飛んできたらすぐに忘れてしまうほどの小さな違和感だった。


『本題に入ろう。キミが私に望むことは?』

「……俺の妻になる人、……柏真鈴かしわまりんさんを、助けてください」

『柏真鈴……ずいぶんと懐かしい名前だ』

「本当ですか」

『まず、結論から先に言おう。私が直接動いて、キミの大切な人を助けることは、できない』

「……その条件付きは、どういうことですか」

『克矢くんから聞いて知っているかもしれないが、私は今まさに病に倒れている。部下というか、私の一存で動かせる人間は何人かいるけれど、彼ら彼女らには私がいわゆる裏切り者であることを、一切伝えていない。私はあくまで、星芒市内で行われている実験に協力し、機密事項を律儀に守り続けている一職員と周りに思われているんだ』

「内部の人間を、裏切って? なぜわざわざ、そんなことを」

『最初は外部の人間だったからだ。つまり職員になった後で裏切ったのではなく、最初からくみするつもりなんてなかったことになる』

「……その、目的は?」

『キミも、罪のない人間を捕まえて実験しているなんて、そんな非人道的行為がこの日本で起こっているなんて、にわかには信じがたいだろう。許せないと思うくらいの正義感があるはずだ。私もキミほどではないけれど、同じ気持ちということだよ』


 それだけの腹に抱える思いがありながら、結局動かないという。この人は、見返りとして俺に何かを求めてくるのだろうか。そのことを、本人に直接尋ねた。


「……報酬は」

『うん?』

「あなたが直接手を下せないということは分かりました。何か見返りを求めているということも分かります。……ですから、何を提供すればいいのか、それからどういう仕組みで真鈴さんのことを助けてくれるのか、それを教えてください」

『ずいぶん真っすぐ言ってくれる。まあ、まどろっこしい話をいつまでもするよりは、明快でいいことかな』


 こほこほ、と咳き込んでから、克矢の伯母さんは話を続けた。伯母さんが仮病ではないかと疑う気持ちも少し俺の中にはあったが、そこは事実で、本当に病を患っているのだろうと思い直した。


『見返りは……そうだな、大きいけど、覚悟はできるかな』

「真鈴さんを助けられるなら、何かしらを犠牲にすることくらい」

『私はまだ、電話の向こうのキミがどんな人間なのかよく分かっていない。けれど、もし彼女を助けられたら、その時は二人で私のもとにぜひ、顔を見せに来てほしい』

「……え?」

『柏真鈴という子は、私にとってもいろいろと思い入れが深くてね。育ての母、というにはあまりにもおこがましいけれど、彼女の生みの母親とつなぐために奔走したり、星芒市脱出の手助けをしたり、できることはたくさんやった。彼女は人一倍、悪意に敏感だ。どんな人間にも、それこそ私にすら、悪意が見え隠れしていると言って、一定の距離を置いていた。そんなあの子が、真っすぐ信じられる人、それも異性に、ここまで言わせるほど信頼関係を築いている。私にも、どういう男性なのか見せてほしいんだよ』

「……それって、」

『まあ有り体に言えば、彼氏を紹介してくれってやつかな。彼女はやっぱり、私にとって第二の子どもみたいなものなんだ。どんな人と結ばれるのか、一度この目で見ておきたい。その時までには、何とか小康状態まで持っていくよ』


 電話機の向こうでどんな人間がしゃべっているのか分からないのは、こちらも同じだ。ちょっと変わった人なんだろうということは想像がつく。だが、誰かの親をやったことがある人にしか出せない、無償の愛情とでも呼ぶべきものが、克矢の伯母さんからは感じられた。


『それから、どういう仕組みで彼女を助けるか、という方だけど』

「……はい」

『キミは超能力については、知っているかな』

「ニュースで言われている程度のことであれば」

『そう。キミたちが生まれたくらいの頃に明るみに出たが、その後すぐに研究が全面的に禁止された代物。科学を先取りしすぎて、生命倫理やその他、現代の私たちがタブー視している領域に足を踏み入れてしまった技術だ。でも、それをこそこそと研究していた人たちが、政府に禁止された程度ですぱっとやめると、キミは思うかい?』

「……違うんですね」


 もちろんものによるだろうが、研究をやめることで国益が損なわれるとか、上司が命令してきて拒否できない状況であれば、結局中止にはならないだろう。上司の命令が絶対という環境に身を置いているから、想像はできる。


『そう。結局超能力の研究は今に至っても続いている。その結果、星芒市という形で、成果が実ってしまった。何の成果もないうちは、強権的に潰しておけばよかった。けれど人間の生活を飛躍的に便利にする技術は、何も知らない者たちからすればひどく魅力的に映る。求める人がいる限り、潰えることはない。私はそんな、超能力科学の研究者だったんだ。まだ公になる前の話だけどね』

「……っ!」

『それどころか、そんな科学をおこしたうちの一人といってもいい。だからこそ、今星芒市なんてものができてしまったことに対する責任の取り方は、よく考えないといけないんだ。超能力を持っている人間としても、ね』

「あなたも、超能力を?」

『私の超能力は、この困難な状況を一撃で打破できる。けれど、最後に彼女をその手に取り戻すには、キミ自身の力が必要になる。最後はキミの腕っ節にかかっているよ。……武運を祈る』


 どういうわけか、言葉で伝えられただけなのに、この人ならやってくれるという気持ちになれた。お膳立てはしてくれる、あとは俺がこの力を使って、真鈴さんを取り戻せるかどうか。


「……やってやる」


 俺は電話口ではっきりと、そう宣言した。伯母さんがふっ、と息を漏らして安心したように笑ったのが聞こえた。

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