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 マンションの玄関には草臥れた革靴が脱ぎ捨てられている。その隣には綺麗に置かれたハイヒール。上り框にはゴミ袋が幾つか置かれており、廊下の先も汚れているが、先ほどから女が掃除を続けていた。

 廊下の突き当たりの寝室では男が裸で眠っている。

 女はドアを少し開くと、寝室の落ちている服を拾いあげて、洗濯機に放り込み、それが済むと今度は汚れたタオルを使って汚れた床を拭き始めた。

「まじ、掃除しろっての」

 女は愚痴りながらも部屋を清掃している。あらかた終わるとゴミを収集場所へ持ち込み、キッチンで手を洗う。ふと冷蔵庫に視線を向けたが溜息をついた。

「まじ、ゴミしか入ってなかったし」

「あ~?ゴミってなんだよ」

 女が振り返るとさっきまで寝ていた男があくびをして立っている。

「ゴミじゃんか。つか掃除しなよ、やばいよ、この家」

 怒鳴った女の背中に男はぴたりと抱きついて首筋にキスをする。

「でも掃除してくれたんじゃん、サーンキュ」

「サンキュじゃねえよ、ったく」

 男を振り払い、女は鞄を持つと睨みつけた。

「マジでさ、前みたいに綺麗にしとけよ。こんなん起つもんも起たねえだろ!」

 つかつかと廊下を進みハイヒールを履く。男は壁にもたれながら唇を尖らせた。

「昨日しっかりやったじゃん。帰んの?」

「そう、帰る。イツカさあ、彼女と仲良くしろよ、ヤルにしてもゴミタメはダメ!」

 イツカは溜息をつくと片手を上げた。

「わーったよ。またな」

 ガチャンと音を立てて鉄の扉に女が消える。

 イツカは部屋を見渡した。綺麗に掃除されている。その辺に棄てた空き缶も、脱ぎ捨てた服もない。廊下を進めば、ベランダに洗濯物が綺麗に干してある。

「彼女ね……」

 そう呟いてリビングに座ると胡坐をかく。

 まだあいつらいるんかな……。

 恋人ナツキの部屋にいた男達。一人はとんでもない美形で、もう一人はむかつくくらい品のよい男だ。ナツキはと言えばバスタブの中にいて……と未だに意味がわからない。

 水の中に沈んでいるナツキ……本当はもう死んで……。

 急に何かを理解して真っ青になる。いてもたってもいられずに服を着替えると家を飛び出した。

 ナツキがもしあの二人に殺されていたのなら殺人だ。でも確信がない。

 大通りに出るとイツカは手を上げてタクシーに乗り込んだ。




 静かな浴室で鈴の音が響いている。どこにも存在しないそれの音はバスタブの水を揺らし、大きな波紋を作り続けていた。

 水の中に沈むナツキの胸で梵字が光っている。先日ミズナギが施した梵字は白い光から赤へと変わり、胸元が持ち上がると顎先から水面に顔を出した。

 開かれた浴室のドアからレイモンドが顔を覗かせる。レイモンドは両手で印を結び、そっと指先で横に線を描く。その瞬間ナツキは目を開いた。

 何もわからない様子で呆然とまばたきを繰り返して、ゆっくりと起き上がる。

 レイモンドは彼女をバスタオルで包みこむと顔を覗きこんだ。

「聞こえますか?」

 ナツキは小さく頷き唇を開く。声が出ないのか困惑すると小さく唸り声を上げた。

「じきに戻りますよ」

 レイモンドはナツキを抱き上げて浴室を出る。そのまま寝室へ運ばれるとベットの上に優しく横たえられた。

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