第4話 私は喧嘩した。大好きな君と
【理愛視点】
◇◇◆◆
喧嘩の翌日。
額の汗をハンカチでぬぐった。梅雨の時期の通学路、じめじめして気分が下がる……。
それに胸がぎゅーっとして、落ち着かなかった。
昨日、私は奏汰と喧嘩した。
きっかけは
――――しかも 「大嫌い」 なんて言っちゃった。あんなの本心じゃない。頭に血が上って、口が勝手に動いちゃっただけ。言い過ぎたって……私も思ってる。
でも、仕方ないし。あんなふうに他の子と笑ってるなんて……!
(――――自業自得だよね?私だって我慢してるんだし!)
でも……そう思い込もうとするたび、どこか違和感を感じていた。
バッグの持ち手をぎゅっと握った。ちょっと重く感じるのは、隠しきれない罪悪感のせいかも。
…………ま、まあ大丈夫っ。
奏汰はきっと今日も『昨日は本当にごめん!やり直したい!』って言ってくるはずだよね。
――――そう思った矢先、歩いていると突然背後から声をかけられた。
「よ〜っす理愛たんっ」
「理愛ちゃん、おはよ〜!」
振り向けば、いつもの二人が駆け寄ってきた。
金髪に、着崩した制服の女の子が
それに対して、前髪ぱっつんで可愛くサイドに髪を結った方が
二人の顔をみた途端、なんだか不安の糸が緩んで、力が抜けてしまった。
「綾、たま。おはよ」
「……どしたん?元気ないね」
「いや、そんなこと……」
いつも通り返事したつもりなのに、長い付き合いの綾にはわかってしまうみたい。
「……うん。ちょっとね」
「え!理愛ちゃん悩み事?何かあったらすぐこのたまちゃんに言ってね!」
「それはいいけど、タマタマは理愛たんに引っ付きすぎ〜」
「綾!だ〜からその呼び方やめてってばぁ……」
私にひっつき虫しているたまを綾が引き剥がそうとしている。私はその様子をぼーっと見ていた。綾とたまは友達に優しいギャルだ。ふざけてるようで和ませようとしてくれてるのかも。
とりあえず曖昧に笑ってみるも、綾は誤魔化せなかったようで核心を突かれてしまう。
「奏汰くんと喧嘩?」
「っ……うん」
「理愛たん、またなんかやらかしたん?」
「綾、理愛ちゃんは何も悪くないよ!どうせまた上野が――」
「はいはい、タマタマはややこしくなるからお口チャックね」
「むぐ〜!」
「……で、理愛たんどうなのさ?」
「なんで私がやらかした前提なの!……元はと言えばあっちが〜〜」
立ち止まって抗議しようとしたら、綾がほっぺをぎゅっと引っ張ってくる。
「あっちが!……ね〜〜あうっ」
「あ〜のねぇ。ウチ、奏汰くんがやらかしてるケース見たことないの!いつも理愛たんが暴走してるでしょ〜」
「ほ、ほんとだし。今回は絶対に向こうが悪いの!今度こそ向こうがやり直したいって切り出すまで許さないんだからっ」
怒っているはずなのに、自分でも気づかないうちに声が震えていた。
そんな私に、綾は少し真剣な目つきをする。
「……奏汰くんはすっっごく優しいから、理愛たんのわがままずっと許しててるんだよ?」
「わがままなんかじゃ……」
(だって私の奏汰なんだから。他の子と笑ってほしくない。全部私のものでいてほしいの。私がいながら浮気とか絶対ダメなんだし!)
「だ、だって奏汰が女の子と二人きりで楽しそうに勉強してたの!これは綾でも怒るでしょ!?」
「……それホント?」
「ホントだし!!」
「え〜、あの奏汰くんが?……聖人君子の奏汰くんが?」
「ほらね、綾!こんな可愛い理愛ちゃんは100無罪だよ。やっぱ上野は信用ならないんだからっ!」
何度も
「はあ。きっと何か事情があったんじゃない?」
「事情はあっても一言もなしは駄目!」
(彼女がいるんだから、どんな小さいことでも全部報告するのが当たり前だし。じゃないと不安で……)
「う〜ん。それはそうかもだけど……。まあ何にせよ、今日ちゃんと話聞いてあげなよ」
「……うん」
綾が頭をぽんぽんとなでる。その手の温もりに涙が出そうになって、慌てて唇を
「……今日学校きてるかな、奏汰」
「奏汰くんは理愛たんの牢獄に耐えきれなくって実家に帰っちゃったかもね〜?脱獄じゃん」
「ち、違うし!牢獄じゃなくって……えっと……守ってるの!」
ガバっと腕を広げた私に、綾は呆れ笑い。
でも、心の中では『奏汰を絶対離さない』って決め込んでた。
◇◇◇
学校に着いてからも、頭の中は奏汰のことばっかり。
昨日のことは、奏汰にももしかしたら理由があったのかも。そう思えば……ほんのちょっとくらいは許しても……いや、でもでも。
綾の言葉が頭に
(だいたい、変な女子に言い寄られるの。ほんっと泥棒ネコを追い払うのでも大変。
いくら奏汰がカッコいいからって、彼女持ちに声かけるとか非常識だし?)
……でも、昨日の奏汰は違った。あの女の子には対しては迷惑そうな顔なんて一つも見せずに。楽しそうにしてさ。
(もし無理やり言い寄られてたなら、もっと嫌そうにしてよ……。デレデレしちゃって、ほんと最悪)
――やっぱりムカムカする気持ちが膨らんできた。そう思い始めたとき、ちょうど教室の扉が開いた。
――――奏汰だ。
顔はなんだか生気がないし、足取りもふらふら……うう、ちょっと胸が苦しい。
傍に駆け寄りたい。抱きしめたい。……でも。
(け、けどあれは奏汰が悪いんだし。こっちが心配してあげる筋合いないから!)
奏汰は颯くんと話した後、しばらくして意を決したようにこっちへ近づいてきた。
(なんだ……ほら、やっぱり。いつも通り謝ってきて、『何とか機嫌直してくれないか?』って言うんでしょ。……ほんと、仕方ないなぁ)
本当は別れたいなんて一ミリも思ってないし。奏汰なりにきっといろいろ考えたんだろうし、まあ許してやっても……。
そう心の中で準備していたの。
――いつものように隣に腰を下ろした奏汰に、恐る恐る声をかける。
「ね、ねえ。奏汰……?」
でもすぐには反応はなかった。隣に座る奏汰はどこか上の空というか、考え込んでるみたいだ。
と思っていたら、突然口を開いた。
「あ、ああ。理愛おはよう」
いつもより少し低いトーン。思わず体が強張る。
(な、なによ……)
普段の優しい奏汰とのギャップに、なんだか緊張してしまう。
「……え。う、うん」
情けないくらい声が上擦っちゃった。
その瞳は私をみているようで、どこか遠くを見つめている。私は奏汰のこと、こんなにずっと見てきたのに……。
(なに、それ……なんで私の知らない顔するの…………?)
初めて見る表情。
その瞬間、言いたかったこと、聞きたかったこと――なにも喉の奥から出てこなくなった。
昨日、私たちは喧嘩した……んだよね?なのに、奏汰はまるで何もなかったかのように挨拶を交わしてきた。
(なんで?無かったことにするつもり?――そ、そんなの絶対許さないし。ちゃんと謝るまで絶対に復縁してあげないんだから!!)
まるで私と向き合わず、そっぽ向かれたみたいに思えた。昨日の怒りが沸々と再燃してくる。
(それに、ここで私が折れちゃえば奏汰がまた浮気しかねないし……)
そう思うと、『昨日は言い過ぎてごめん』なんて口が裂けても言えなかった。
でも……奏汰は何も言ってくれない。こちらに目を
奏汰が何を考えているのか分からない。こんなこと初めてだった。必死に表情を読み取ろうとするけど、真意は
――――数秒後、無情にもチャイムは鳴った。生徒が会話を中断しはじめ、静寂が近づく。
でも、私の嫌な胸騒ぎは留まることを知らなかった。
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