第2話 若き漁師たちの海の唄

 「カフェ南十字星(ぱいじぶし)」が開店して間もなく、浜の方から若者たちの賑やかな声が聞こえてきました。島の若い漁師たちが網の手入れをしながら今日の漁について話し合っているのです。その中でも特に元気なのが、リーダー格の青年、海人(かいと)でした。

(くそー、最近どうも不漁だな。このままじゃ、みんなに申し訳が立たねぇ……)

風に乗って届いた海人の心の声に、ユイナはふっと微笑みました。彼はいつも仲間思いで、責任感が人一倍強いのです。

「海人さん、みなさん、お疲れ様!よかったら、新作のシークヮーサーソーダ、味見していかない?」

テラスから顔を出したユイナに、青年たちは「お、ユイナ!」「待ってました!」と嬉しそうに駆け寄ってきます。

「いつも悪いな、ユイナ。でも、お前の差し入れは島一番だからよ」

海人は少し照れくさそうに頭をかきながら、ユイナからソーダを受け取りました。シュワっと弾ける爽やかな香りが、若者たちの間に広がります。

「うめぇ!」「生き返るようだぜ!」

口々に喜ぶ仲間たちを見て、海人の表情も少し和らぎました。

 ユイナは彼の隣にそっと座ると、小声でささやきます。

「海人さん。最近、南の岩場の方で、魚たちが『流れが速くて泳ぎにくい』って噂話をしているのを風さんから聞いたよ。もしかしたら、少し漁場を変えてみると、大漁になるかも」

ユイナの言葉に、海人はハッとした顔を向けました。「本当か、ユイナ?」。彼の疑いのない真っ直ぐな瞳に、ユイナはこくんと頷きます。お母さん譲りの自然の声を聞く力。それは、こうして島の人々の助けになるためにあるのです。

「ありがとう、ユイナ!お前はやっぱり、俺たちの豊漁の女神だ!」

海人はニカッと笑うと、仲間たちに「よし、野郎ども!午後からは南の岩場を攻めるぞ!」と力強く声をかけました。活気を取り戻した漁師たちの背中を見送りながら、ユイナはほっと胸をなでおろします。

島の人々のささやかな悩みに寄り添い、心を軽くする。それが彼女の大切な日常。

 しかしその時、またしても風が遠い海の向こうから、あの弱々しい声を運んできました。『助けて……』。

(やっぱり、気のせいじゃない……)

ユイナは、先ほどまでの穏やかな気持ちとは裏腹に、胸に一抹の不安が広がるのを感じました。それは、島の誰のものでもない、もっと切実で深い痛みを伴う声。お父さんの「お前の力は、本当にそれを必要とする人のために使いなさい」という言葉が、頭の中でこだまします。

「大丈夫。どんなお客様がいらっしゃっても、私にできることをするだけ」

ユイナは自分に言い聞かせるように呟くと、きゅっとエプロンの紐を結び直しました。

 瑠璃色の海は、まだ何も語らず、ただ静かに輝いています。しかし、その穏やかな海の向こうで、何かが始まろうとしていることを、ユイナだけは確かに感じ取っているのでした。

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