ニライカナイへの思い、エルフとユタ(シャーマン)の血を引き継ぐユイナの祈り
@roselle12
第1話 風がささやくカフェ日和
瑠璃色の海に、朝の太陽がキラキラと光の道をえがく頃。島のいちばん見晴らしの良い崖の上で、一軒のカフェがのんびりとあくびをするように目を覚まします。
看板には「カフェ 南十字星(ぱいじぶし)」。
そして、その下には小さな文字で「あなたの心に、ひとさじの喜びを」。
「よし、今日も一日がんばるぞー!」
店の主であるユイナは、ぎゅっと固く結んでいたエプロンの紐を「えいっ」と気合を入れ直して締め、元気よく木の扉を開け放ちました。カラン、と軽やかなドアベルの音は、彼女の一日の始まりを告げるファンファーレです。
箒で床を掃き、ハーブの良い香りが店内に満ちてくると、ユイナは鼻歌まじりにカウンターを磨き上げます。さらさらと揺れる月光色の髪は、朝日を浴びて虹色に輝き、ぴょこんと覗く少しだけ尖った耳が、楽しそうに小さく揺れていました。
この耳は、遠い北の森からやってきたお父さんの形見。そして、このカフェは、島で“ユタ”の血を引いていたお母さんが遺してくれた宝物。ユイナにとって、この店も自分の不思議な力も、ぜんぶ大好きな両親から受け継いだ、大切なものなのでした。
窓を大きく開けると、心地よい南風が「やっほー!」と挨拶するように吹き込んできます。
「おはよう、風さん。今日の海の機嫌はどう?」
ユイナがにっこり笑いかけると、風は彼女の髪を優しく撫でて、今日の空模様や、どの浜辺に綺麗な貝殻が打ち寄せられているかを、こっそり教えてくれました。
ちょうどその時、小道を散歩していた金城(きんじょう)のおばぁが通りかかります。
(あー、昨日から腰が痛くてたまらんさねぇ……)
その心の声が、風に乗ってふんわりとユイナの耳に届きました。これはお母さん譲りの、ちょっとだけ人の心が読めちゃう力。
「おばあ、おはよう! 後で、腰にいい薬草をブレンドした月桃茶、お家に持っていくね!」
ユイナがテラスから手を振ると、おばあは「あら、神様の娘(こ)はなんでもお見通しさねぇ。ありがとうねぇ」と嬉しそうに顔をしわくちゃにして笑いました。
島のみんなは、ユイナを「神様の娘」と呼びます。少しだけ自分たちとは違うと知っているけれど、その不思議な力でいつも助けてくれる、自慢の看板娘だと思ってくれているのです。
カウンターに立ち、瑠璃色の海を眺めながら、ユイナは今日の「お仕事」に思いを馳せます。
悩み事を抱えた人の心を軽くする、特別なハーブティー。
悪夢にうなされる子どものために、浜辺で拾った星砂に優しいおまじないをかけること。
それは、彼女にしかできない、ささやかだけど大切な「力」。
――でも、時々、風がもっと遠くからの声を運んでくることがあるのです。
「ん?」
今日の風は、いつもと少しだけ違いました。
いつもの島ののんびりしたお喋りの中に、知らない誰かの、切実な「助けて」という声が混じっているような気がします。それはとても遠く、弱々しいけれど、確かな心の叫びでした。
ユイナは、きゅっと唇を結びました。
お父さんは言っていました。「お前の力は、本当にそれを必要とする人のために使いなさい」と。
もしかしたら、これまでで一番大きなお仕事が、もうすぐこの海を越えてやってくるのかもしれない。
少しだけドキドキする胸を押さえながら、ユイナは最高の笑顔を作りました。
「カフェ『南十字星』、本日も開店です! どんなお客様がいらっしゃっても、大丈夫!」
それは、まだ見ぬ誰かと自分自身に言い聞かせる、元気いっぱいのおまじない。
瑠璃色の海の向こうからやってくる新しい出会いを、島の少女は胸を張って待っているのでした。
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