ハズレスキルは全然アタリでしたが早く追放してください

タイプエル

01『追放されなきゃ追放モノは始まらないでしょ』

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ハズレスキルは全然アタリでしたが早く追放してください

第1話『追放されなきゃ追放モノは始まらないでしょ』


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 冒険者の集う夜の酒場は、いつも歓声と怒号が飛び交う場所である。

 テーブルを囲んで手柄を称え合う一団の横では、荒々しい頭髪をした大柄な男たちが互いを罵りながら一触即発の空気を漂わせ睨み合っている。

 かと思えば、その隣ではこの世の終わりのような顔でパートナーに泣きつく冒険者もいる。

 トレイに木製のジョッキと、料理の盛られた皿を山のように載せたウェイター達はひっきりなしにテーブルの間を駆け回り、トレイは閉店時間まで空になることはない。また新たな注文が、カウンターテーブルへ向けて一番遠い席から飛ばされた。

 お祭り騒ぎの様相を呈する酒場の中で、ウェイター達が努めて近寄ろうとしない席が一つだけあった。

 壁際の、一番奥まった場所。他の荒くれ冒険者達も、そのテーブルだけは視界に入れまいと顔を逸らしている。


「……みんな、今日はわざわざ集まってもらってありがとう」


 沈んだ空気のテーブルの一団は統一感のない出で立ちの5人組で、即席で結成した冒険者集団、俗に野良パーティーと呼ばれる者達だ。

 まとめ役である剣士風の青年は謝意を述べてから、次の言葉を絞り出すのに難儀している様子だった。整った顔立ちの彼だが、どこかやつれていて生気がない。


「😟」


 重装備の青年はオンラインゲームのエモートのようなエフェクトを出しながら、隣の席に座る剣士の顔を心配そうに覗き込んだ。

 剣士は見つめ返して、気まずそうに微笑む。


「すまないカタイさん。絵文字は読者の機種によっては正しく表示されないから、控えてくれないか」

「(´・ω・`)」

「ああ、それなら良い。心配してくれてありがとう」

「(^0^)b」


 重装戦士カタイはサムズアップすると、他のメンバーを眺めた後座り直した。

 カタイと目が合った目つきの悪い男は、フードを上げて不機嫌そうに口を開く。


「相変わらずお優しいじゃねぇかカタイさんよォ……だがなァ、そんなんどうでもいいんだよ。とっとと用件を言ったらどうなんだツルギィ……?」

「クラヤミ……あぁ、君の言う通りだな」


 アサシンのクラヤミが、おどおどと視線を泳がせる剣士ツルギを睨みつけた。

 ツルギは大きく深呼吸をして、意を決して言葉を切り出す。


「まず……みんなには黙っていたんだが、僕には婚約者がいるんだ」


 その言葉にさしたる反応はなかった。ツルギの評判を思えば、大して意外でもないからだ。

 異世界人フォーリナーの彼は素行の良さに加えて、この世界に転移する際に神から授けられた能力にちなんだ『聖剣使い』のあだ名で現地人ワールダーから親しまれる程の有力冒険者である。

 老若男女問わず、彼の意思に関係なく近付いてくる者は多い。それが今更、色恋沙汰程度で驚く者などここにはいない。


「あぁそうなの、おめでたいねぇ~!」


 無精髭の男がケラケラと笑いながら茶化すように拍手をする。


「なに~? それでご祝儀とか渡した方がいい感じ?」

「そ、そういうのではないんですトドロキさん!」

「トロドキね、カブト・トロドキ。野良パーティーだからって俺ら半年やってきたんだからさ~、名前覚えてもらえないとおじさん泣いちゃうよ?」


 重苦しい場の空気など意に介さぬ飄々とした態度で、軽装の男トロドキは隣の席に目をやった。

 視線の先の女性はずっと伏し目がちで、この場の誰とも目を合わせようとしていない。


「ね、クサリちゃん?」

「……そうですね」


 クサリ・カレクチはスカートを机の下でぎゅっと握りしめて、下を向いたまま弱々しく答えた。

 その様子を見て、トロドキは何も言わず肩を竦めてみせた。

 クサリの暗い表情を誰も気にかけようとはしない。何故なら、これからツルギから告げられるであろう言葉を、この場の誰もが予想できるからだ。

 咳払いをして、ツルギが話し始める。


「それで、なんだけど……彼女をこれからみんなに紹介したいんだ」


 そう言って、ツルギは隣のテーブルに腰掛ける少女に向けて手招きをした。

 何故そんな事を、などと今更聞く者もいない。

 ツルギの隣に立った少女は、パーティーの面々に向けて一礼した。


「こちらが僕の婚約者の……新しいパーティーメンバーのチユだ」

「初めまして、チユ・アマヘブンよ」


 全員の視線が、チユへと向けられた。彼女はこの中の誰よりも若く、幼さすらある顔立ちでありながら、誰よりも不遜な表情でパーティーの面々を見回している。

 ふふんと上機嫌に笑って、チユはツルギの腕に自らの腕を絡めるように抱きついた。


「くたびれた服に装備……聞いてはいたけれど、まさに庶民って感じで素朴じゃないの。ま、ツルギ様が選んだ人達だし、私がこのパーティーに入る以上将来は約束されたようなもんよ。感謝しなさい!」


 やや崩した着こなしをしているが、彼女が着ている修道女服は一般的な神官の物ではない。特定の役職に就いた上位の神職の、更に一握りにのみ着ることを許された法衣だ。それはつまり、チユが貴族位であることを示している。

 そんな彼女が仲間になるのは、冒険者という立場の人間にとっては僥倖だ。ツルギほどの実力者であってすら、この職業は稼ぎ口が不安定なのが常。だから、経済資源に長けた貴族がパーティーに付くのは破格の待遇である。

 それでもツルギがやりきれない表情をしているのは、冒険者ゆえの事情だ。


「キヒヒ……新しいメンバーが入るなら、俺達は6人パーティーって事になるなァ」

「ああ、そうなんだ……」


 中々次の言葉を言い出せそうにないツルギの代わりに、クラヤミが続けて言う。


「冒険者の仕事は基本、ギルド協会からの紹介って名目で請けるワケだがァ、仕事クエストに出られる人数……つまりギルドから必要物資の支給を受けられるのは4人が上限だ。なぁトドロキサンよォ?」

「トロドキね」


 軽い溜め息の後、トロドキは無精髭を触りながら眉を下げた。


「おじさんが若い頃、参加人数を不正に申請する輩が後を絶たなくてねぇ。支給物資の転売防止で上限が決まっちゃったのよ。んで、今このパーティーは事務係の俺を除いて実働員は4人。そこに一人入っちゃうと、どーしても一人余るのよね~」

「(´-ω-`)」


 カタイは神妙な面持ちで彼らのやり取りを見ている。

 そして、トロドキの言わんとすることを、これまで口を噤んでいたクサリが切り出した。


「報酬の分配でトラブルになる……ですよね。参加しない人間に分配しないならメンバーの選出で揉めるし、でも全員に配ると、そもそも金額が減ってしまうので不満が残る……」

「そうなのよクサリちゃ~ん! ていうか分配作業の手間が増えると俺の仕事も増えるから、俺の取り分上げてもらう交渉もしないといけないからね~……だからさぁ」


 そこで、全員の目がツルギに向いた。

 ツルギは頷くと机の上で手を組んで、その上に顎を乗せる姿勢で真剣な面持ちになる。


「だからこういう場合、野良パーティーでは誰かが入れ替わりで抜けるのが通例となっている。それで……新しく入るチユは、みんなの傷の治療や健康管理を担当するヒーラーの役割ロールを希望しているんだ。だから、今のヒーラーであるクサリさんには……」

「……はい。普通に考えて、私が抜ける事になりますよね」


 呟くような口調でクサリが言うと、ツルギは目を伏せた。


「すまない……僕は、君をパーティーから追放することになる」

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