第4話
勇者の噂とゴブリングルメ
とある街の、冒険者や商人が集う酒場。エールと汗の匂いが立ち込めるその場所は、最新の情報交換の場でもあった。今、最も熱い話題は、突如として現れた謎の英雄譚だ。
「聞いたか?街道に現れるっていう『鋼鉄の獣』の話!」
「おう!なんでも、荷馬車十数台分はあろうかという巨大な鉄の魔物を操る勇者様がいてよぉ!」
酒焼けした声の傭兵が、ジョッキを叩きつけて熱弁する。
「商隊が魔物に襲われて、もうダメだって時に、地響きと共に現れるんだ!んで、あっという間に魔物を退治しては、名前も告げずに去って行くんだとよ!」
それを聞いた別の商人が、目を丸くして割り込んできた。
「報酬も無しにかい!?本当かそりゃ!?すげぇぇ勇者様だな、おい!」
酒場は興奮の渦に包まれる。誰もが、その正体不明の英雄の姿を勝手に想像し、胸を躍らせていた。
その喧騒の中、フードを目深にかぶった一人の女性が、静かにエールを口に運んでいた。リーザ・シフォンヌだ。彼女は、追っ手から身を隠しながら、正義を成すための依頼を探している。
(鋼鉄の獣を操る勇者…報酬も求めぬ、か)
腐敗した貴族の私利私欲にまみれた正義に絶望し、国を飛び出した彼女にとって、その噂は乾いた心に染み渡る一筋の希望のように聞こえた。
(そのような気高い御方が、本当にいるというのか…。是非とも、一度会ってみたいものだ)
リーザは、まだ見ぬ英雄の姿に、自らが追い求める理想の騎士の影を重ねるのであった。
一方、その頃。噂の中心人物である鏡山純は、トラックを走らせながら、もっぱら食料のことで頭を悩ませていた。
「あーっ、腹が減ったなぁ。ゴブリン肉も悪くないけど、そろそろ飽きてきた。オークとかの方が、豚肉みたいで美味しそうだよな…」
そんなことを考えていると、前方の道が騒がしい。見れば、またしても商人たちがゴブリンの群れに襲われている、いつもの光景が広がっていた。数台の荷馬車が円陣を組み、傭兵たちが必死に応戦しているが、じりじりと追い詰められている。
純の目は、商人たちを通り越し、彼らを襲うゴブリンの群れに釘付けになった。その目は、獲物を見つけた狩人のそれである。
「お!今日の肉を発見!」
純はウインカーを出す律儀ささえ見せながら、華麗なハンドルさばきで隊列の側面へと回り込む。そして、いつも通り、ゴブリンだけを的確に轢き潰していった。
数分後。静寂を取り戻した街道で、純はトラックを止め、満足げに運転席から降りてきた。
「さて、今日の晩飯を調達しますか」
彼が、比較的損傷の少ないゴブリンを吟味し始めた、その時だった。
「あ、あの!」
恐る恐る声をかけてきたのは、襲われていた商人たちの代表らしき、恰幅の良い中年男性だった。彼は、純と、その背後に佇む巨大なトラックを交互に見比べ、ゴクリと唾を飲み込む。
「わ、私はコルド商会のゴルスと申す者ですが…も、もしや貴方様が、あの噂の…鋼鉄の獣を操る勇者様でいらっしゃいますか?」
「ん?」
純はゴブリンの足を持ちながら、きょとんとして顔を上げた。
「鋼鉄の獣?ああ、このトラックのことかな?まあ、そうかも」
あっけらかんとした肯定。ゴルスは「おお…!」と感動に打ち震え、深く頭を下げた。
「やはりそうでございましたか!おぉ、神よ!勇者様、ぜひとも貴方様とお話がしたいのですが、少しだけお時間をいただけませんでしょうか!」
「え、別に良いですけど。ゴブリンを解体して、食べてからでもいい?」
純の言葉に、ゴルスと、彼の後ろにいた商人たちの顔が、一瞬で固まった。
「……へ?ご、ゴブリンを…食べるのでございますか!?」
ゴルスが、信じられないものを見る目で問い返す。純は、それが何かおかしいのか、という顔で首を傾げた。
「うん。ちゃんと血抜きして焼けば、結構いけるんだよ、ゴブリンって」
にこやかに、しかしとんでもない事を言う純を前に、商人たちはただ絶句するばかり。
勇者様は、魔物を食らうのか…?
彼らの純に対する畏怖の念は、この瞬間、さらに未知の次元へと突入したのだった。
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