第9話 聖女の懇願と、鬼教官の診断と、泥遊びの課題と
結局、聖女様の強い希望というやつは騎士団長の権限で覆せるものではなかったらしい。
翌日、俺はセレスティアの臨時指導教官に任命されるという辞令を受け取ることになった。
「いいかカイエン。万が一だ、万が一にも聖女様のお身体に何かあれば、貴様の首だけでは済まんことは忘れてくれるなよ!」
団長の脅し文句を背中で聞き流し、俺はセレスティアが待つという特別訓練場へと向かった。
そこには純白の法衣ではなく、動きやすい軽装の訓練服に身を包んだセレスティアが緊張した面持ちで佇んでいた。
その隣には護衛であろう神殿騎士たちが、敵意むき出しの視線を俺に向けている。
「マスター。本日からご指導のほどよろしくお願い申し上げます」
セレスティアが深々と頭を下げた。
……マスターか。
たぶんあの日、俺たちの訓練を見ていたときにリナが俺を草呼んでいるのを聞いたのだろう。
これでリナに続き二人目の弟子か。
「うむ。では、まず貴様の――」
ざわっ。
神殿騎士から俺に向かって強烈な殺意が向けられた。
どうやら聖女様を『貴様』呼ばわりされたことで奴らの怒りゲージが上がってしまったようだ。
俺は内心「やれやれ」と思いながら言葉を換える。
「まず
「えっ……。で、ですが私の力は暴走します。マスターのお身体が……」
「案ずるな。俺が受けきれぬとでも思うか? それとも俺の指示が聞けないと?」
俺がそう言うと、セレスティアは覚悟を決めたように頷く。
「では、いきます」
そう言って彼女が両手を前にかざし祈りを捧げ始める。
するとその身体から、昨日リナが見せたものとは比較にならない純粋で、そして暴力的なまでの魔力が溢れ出した。
まずいなこれは。
ゲーム序盤で何度か喰らったことがある程度のものなら、それほどダメージは受けないだろうと高をくくっていたが、これは想像以上だ。
「【
セレスティアの可憐な唇から放たれたスキル名は、しかしその威力とは全く釣り合っていなかった。
俺に向かって飛んできたのは癒しの光などという生易しいものではない。
全てを浄化し消し去ってしまいそうな純白の破壊光線だった。
「くっ」
俺は咄嗟に魔法防御のスキルである【マジックシェル】を発動して障壁を展開する。
こんなこともあろうかと、昨夜のうちに
バチバチと障壁が軋む音がした。
数秒後、光が収まった時、俺の
「申し訳ありません、マスター」
セレスティアが顔を青くして駆け寄ってくる。
「やはり私には……」
「なるほどな」
俺は内心冷や汗を流しながらも、表向きは平然とした態度で彼女の言葉を遮る。
「貴女の問題はよくわかった。力そのものではなく、その使い方……いや、力の『抜き方』を知らんのだ」
「力の……抜き方……ですか?」
「そうだ。今の貴女は常に魔力の蛇口を全開にしているようなものだ。コップ一杯の水が欲しい時に井戸の水を全部ぶっかけてどうする」
俺はセレスティアに向かって最初の課題を告げた。
「明日から一週間、神殿の務めは全て休め。その代わり城下にある孤児院へ行き、日がな一日子供たちと共に泥遊びをしてこい」
「…………え? 泥遊び……ですか?」
セレスティアがぽかんとした顔で俺を見つめている。
「き、貴様ぁ! 聖女様を侮辱するにもほどがある!」
彼女の後ろに控えていた神殿騎士の一人が、ついに堪忍袋の緒が切れたとばかりに前に進み出た。
「泥遊びだと!? それが指導だとでも言うのか!」
まあ、そうなるよな。
俺は激昂する神殿騎士を一瞥し、セレスティアに視線を戻す。
「いいか。俺が許可するまで魔法の使用は一切禁ずる。自分の手で泥をこね、自分の足で走り、子供たちと同じ目線でただ遊べ。それができぬのなら俺の指導を受ける資格はない」
俺の言葉に神殿騎士たちは「もう許さん」とばかりに剣の柄に手をかけた。
だがそれを制したのはセレスティア自身だった。
彼女はしばらくの間、何かを考えるように俯いていたが、やがて顔を上げその瞳に強い決意の光を宿して言った。
「……わかりました。マスターの仰せの通りにします」
「せ、聖女様!?」
神殿騎士たちが悲鳴に近い声を上げる。
セレスティアは彼らに振り返り、静かに、しかしきっぱりと言った。
「マスターには何らかの深遠なお考えがあるのでしょう。私はマスターを信じます」
……いや、そんな深遠な考えは一切ない。
原作ゲームで【魔力制御】のスキルレベルを上げるためのサブクエストが『孤児院の子供たちと遊ぶ』だった。ただそれだけだ。
俺の知る限り設定資料集にも、なぜそれで魔力制御が上がるのかの理由は書かれていなかった。
ユーザーの間では、おそらく魔法に頼らず自分の身体を使って誰かと触れ合うことで、力の微調整に必要な感覚を養うという理屈なのではないかという話が通説となっていた。
(いくら馬鹿げた内容でも。俺が知っている中で今この状況で出来るステータスアップ方法はそれしか思い浮かばないのだからしかたがないだろう)
俺はそんな内心をおくびにも出せず、厳かに頷いた。
「よろしい。では一週間後、貴様の変化を楽しみにしている」
こうして聖女セレスティアの前代未聞の奇妙な修行が始まることになったのだった。
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